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2008年4月28日 (月)

CD1 少年時代 1 志望校情報

   自分史を書くとき、その出発点となる少年時代というものがどうであったか?これは時代によって変化する。私は八人兄弟の五番目であり、昭和十五年、私が高等小学校二年のときに、父は脳溢血のため他界した。 私が通学していた小学校は福岡市の中心部で、程度が高い小学校の一つであったが、五十人の小学校の級友で中等学校に進学したのは十名程度であった。これは都市部で二割ということは全国的には一割と思われる。  その他の児童は修業年限二年の尋常高等小学校へ進んだ。この高等科は義務教育ではないので[不就学児童]は発生しない。
高等小学校には商業科と工業科の二つの学科があり、英語は二年間習った。商業科では簿記やソロバン、数学など中学の二年間教育とは同じようなものであった。
私の家は福岡青果市場の隣にあり、食堂を経営していた。いろいろな人が来店するが、その中で郵便局の職員もくる。夏季や冬季に郵便ポストから郵便物を自転車で回収するアルバイトを世話されたこともあり、また高等小学校二年からは福岡電信電報局で午後四時ごろから九時ごろまで、電報局内での電報文のメッセンジャーボーイをしていた。アルバイト先が逓信省関連であったことは逓信省関係の就職情報には関心があった。
昭和十六年四月より、新たに発足した[逓信省航空局航空機乗員養成所本科一学年]の募集広告をみた。福岡男子尋常高等小学校には十八学級があったので、卒業生は約千名であったが、受験したのは私と級友の二名のみであった。   航空機操縦士というのはきわめて危険な職業であることと、親元から遠く離れたところでの生活というのは、[マザコン]の児童には敬遠される学校であった。五年間の教育で、国家資格である[二等航空機操縦士、あるいは航空機整備士]、[五年制中等学校卒業資格]が付与される。食費、衣服、授業料、教材、居住費など一切、無料であった。これに月の手当五円(現在の貨幣価値では五万円程度)が支給される。卒業後は国が命ずる仕事につくことが義務ずけられているが、これは裏を返せば準国家公務員としての就職先の保障である。
[養成所]と言う名前は、聞こえが悪いが、航空局というのは陸軍省から分かれた官庁である。航空局がなぜ逓信省の管轄下か、これは航空機というのは人を運ぶ前に郵便を輸送することが主な仕事であった。またなぜ[航空学校]としないか?これは[学校]とすると文部省管轄となるためこれを嫌って[養成所」としたためとされている。

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