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2008年12月

2008年12月11日 (木)

TF1 連載執筆物語 1 ブログとの出会い

 杉並区永福・和泉地域区民センターで自主グループとして登録の[自分史永和会]に入会したのが平成12年8月であった。還暦の時点で小学校から還暦までの出来事を書いて3.5吋のフロッピーディスクに格納した。
 その後、パソコンの周辺機器の開発により、記念写真や活字となった文章などをスキャナーにより、パソコンに格納し、これをホームページにもアップロードした。
[太平洋戦争と戦後の情報処理実務体験記

  私のホームページは8年前から開設しており、本日の時点でのアクセス数は9090件であった。自分史をホームページに投稿しているため、研究会で会員が新しい情報処理ソフトとして[ブログ]を紹介いていたが、通常なら情報として受け止めるわけであったが、自分史の編集が終了したため、[ブログ]なるものを勉強することにした。
 Nifty
の無料ブログ[ココログ]で[新規業務へのチャレンジ]というタイトルで、投稿を始めた。平成19814日から本日の時点での投稿件数は852件で、またNiftyBASIC ブログには[新規業務への研究]と題して、投稿した。
本日の時点での投稿件数は
120件である。この二つのブログのアクセス数は合計で16,478件であった。これは約15ヶ月で852件の投稿を行うには[題材]の選択が重要であるが、過去に類似の[連載執筆]の経験が私の場合、反映している。

TF2 連載執筆物語 2 航空貨物研究報告シリーズ

 海外旅行が自由化されたのは昭和394月であるが、それよりも11年前の284月に阪急電鉄㈱の28年度大学卒として入社、代理店部福岡営業所に勤務した。この代理店部は35年に㈱阪急交通社となり、電鉄よりの出向社員となった。
 阪急に入社する以前に米軍関係には6年半、勤務していていたので、英語関係の仕事には慣れているという評価であった。英文科出身というのは海外旅行業務には適職であった。学卒が入社して8~9年すると係長に昇格するわけであるが、福岡では営業所長というのが係長ポストであるため、会社としては私が次期営業所長という計画もあったようである。 福岡営業所は慢性的な赤字の営業所であるため、営業所の閉鎖というのを警戒した。
 貨物部門では管理業務の係長ポストが数年間、空席であるため転勤希望を表明するとこのポストに任命されることを予想していた。転勤希望は受理され、昭和36年7月、東京業務課の貨物係として転勤することとなった。仕事は[貨物部門への販売情報の提供]であった。37年3月に国際業務部第3課貨物係長となった。
 ここで私の仕事として[研究報告シリーズ]なるものを作成し、貨物部門および関連部門に配布することにした。現在の感覚で言えば「インターネットによる貨物部門の課長、係長クラスへの情報配布」である。3712月末で研究報告シリーズ50号を完成した。下記はその一部である。

番号  月  日 題目

 一 四月二○日  航空貨物混載差益配分方式について

 二   二七日  混載差益(単独混載)社内配分方式について 

 三 五月 四日  貨物販売担当を対象とするモラル・サーベイ調査報告

  四   一一日  混載差益配分方式の矛盾について

  六   二五日  機能調整型職能組織と貨物課の自動制御 

  八 六月 八日  セールスマンと原価意識について

  九 六月一五日  能率化、即ち、無駄を省くことについて 

一○ 七月 四日  混載レート二・五トン以上の廃止に伴う状況分析

一一    七日  特定品目大口割引料率について

一二   一三日  混載の組み方について

一三   一三日  ジョイント間の2199品目の混載差益配分について

一四   一三日  混載差益金算出方式について(新)

一五   一四日  混載差益収入見積について

     381月より、会社の職制へ変更され、国際業務部が廃止となり、事業部制が採用された。海外旅行部、国内旅行部、外人旅行部、総務部などが設置され、各営業部門には業務課が置かれることになった。貨物部門においては貨物部業務係が新設された。私は貨物部業務係長となった。私の上には課長はいなくまた下には部下もないという職制であった。
[
研究報告シリーズ]なるものを作成していた私が、貨物の管理部門スタフとして任命されたので、仕事としては部長より指示がなければ、[研究報告シリーズ]を続行することとなり、51号より再開し、貨物の係長となって118ヶ月でシリーズ100号作成、関連部門に配布した。下記はその一部である。

番号  月  日 題目

五一 二月 一日  JFCコミッシヨン制度における損益計算について

五二    二日  割戻・値引の対象となる収入金について

五三    五日  JFCコミシヨン制度と運賃適用について

五四    五日  JFC混載の各地営業所の重量規制について

五五   一八日  JFC混載の全貨物よりみた占拠率について

五六   一九日  JFC混載の全仕向地、一月の営業所の収入

五七   二一日  JFC混載昨年一年の北米重量分布について

五八   二八日  貨物バイヤーセールスについて

五九 三月 七日  JFCコミッシヨン率の再検討について

六○   一四日  IATA貨物レート改定による混載差益の減収の件て

六一   一八日  運賃改定と混載差益配分方式について

六二   一八日  貨物新運賃体系発効と値引・割戻の対策

六三   一九日  運賃改定の具体的影響について

六四   二五日  輸入業務の現状について

六五   二五日  JCF米国・カナダ向け昭和三十七年度実績

六六   二六日  欧州向けスペコモ混載仕立の可否について

六七   二九日  チャーター機による混載貨物輸送について

六八 四月 四日  国内混載貨物(東西航空)について

六九    九日  混載レート改定案の検討(その一)

七○   一一日  混載レート改定案の検討(その二)

七一   一七日  混載におけるインターメヂエートアップリヶ-シヨン 

七二   二○日  混載業務改善とその効果について

七三   二○日  JFC運賃とコミッシヨンの関係

七四   二一日  貨物部門の情報網とJFC審査機構について

七五   二一日  JFC代理店手数料率改定について 
 貨物部業務係長というポストは昭和381月より42年2月まで満4年間、私の上には課長もいなく、また下には部下もいないというポストであつた。情報作成と配布の仕事では、私一人で処理できるため、部下はいなくとも仕事は遂行できた。この研究というのが、貨物部門トップの運営にも反映されていた。
 註:JFCというのは阪急、東急、名鉄、南海の共同出資による混載会社で、貨物部業務係長の上司である貨物部長がJFCの運営責任者で、40年11月よりJFCが国際利用航空運送事業者協会の専務理事
となった。このJFCは日本通運㈱、JAC(西鉄、近鉄、阪神、日新など)と共同混載を行っていた。当然のことながら、第二次混載差益配分問題が発生していた。

 

2008年12月12日 (金)

TF3 連載執筆物語 3 富士通論文集に航空VS海上輸送方法比較

 昭和284月に阪急電鉄㈱に入社、代理店部福岡営業所に配属され、国内及び海外航空会社の航空券の販売および渡航手続業務を満8年従事し、367月に東京貨物課へ転勤した。転勤に際して会社よりの特命事項として「航空混載貨物の混載差益配分方式」の設定研究を指示された。これは海外旅行の8年以上の経験者の転勤においては、きわめて珍しい転職時の会社の要望であった。
 貨物部門に転勤して個人的な興味から研究したのは「航空と海上との貨物輸送判定方法」であった。昭和381月より㈱阪急交通社貨物部業務係長となった。会社の社宅が青山学院大学の近くにあったため、青山学院大学大学院経営学部公開講座(夜間)に出席した。受講した科目は、森田優三氏の統計学で「需要予測と需要分析」であった。ここで「航空と海上との貨物輸送を判定する要因と比重について」のレポートを提出、単位は8単位、評価は「優」であった。航空と海上との輸送方法を決定する要因として、次の10個の要因を列挙した。
①商品価格、②利益率と納期おくれの損失、③貨物の輸送単位,④貨物の比重、⑤梱包条件、⑥仕向地、⑦運賃、⑧到着までの日数、⑨運賃支払条件および⑩航空輸送の経験と関心度。

 381月から422月までの満4年間、貨物部業務係長であった。東京貨物課での売掛金の回収において、回収された売掛金の消込み作業が遅延しており、これを解決するには、電算機の導入が必要と考えられ、社内で「事務機械化委員会」が設置された。
  
実際に作業を行う部門として事務機械化実行小委員会が設置され、私が小委員会委員長となった。富士通の小型電算機FACOM-230-10 講習会に出席した。
 
会社に電算機導入を可とする答申を行った。これにより㈱阪急交通社の電算機導入が決定した。42年3月に電算機を管理する部門として総務部事務機械課が設置され、私は課長に昇格したが、貨物部業務係長というポストも兼務することとなり、翌年433月には総務部事務機械課長・貨物部企画課長兼務となった。
 昭和436月に43年度国際航空貨物需要予測委員会が発足した。委員は全部で31であった。官庁関係が18名で民間が13名であった。この中に阪急交通社貨物企画課長として私が委員に委嘱された。 
 富士通ファミリー会で編集された富士通EDP論文集第1集(昭和434月発行)に「航空と海上との輸送を決定する要因と比重」について、また第2集(昭和44年4月発行)には「航空と海上との貨物輸送総流通経費分析」の論文を提出した。    44年4月末に阪急交通社を依願退職することになるが、退職後は、在職中に学んだことで、ビジネスを展開することにした。 46年1月から航空貨物月刊誌SPACEが出版されることになり、その6ヶ月に執筆の依頼があった。私は「コンピユータによる航空と海上との貨物輸送方法比較」を20回連載することになった。富士通論文集第1集および第2集で紹介したものを基礎に連載した。

TF5 連載執筆物語 5 航空貨物専門誌SPACE

 どの会社でも社員が書いた研究記事を保存しているところはないが、これを書いた社員は資料を大切に保存している。
  昭和
461月より478月まで20回にわたり、コンピユータによる航空と海上との輸送方法比較を連載した。会社を退職して個人としてのビジネスであり、原稿料収入というのは、重要な生活の糧である。手取り5万円の原稿料は10パーセントの
源泉税が発生するので、
額面は55,555円となる。これが20回継続される。内容を簡単に紹介すると次の項目である。
連載「航空貨物専門誌SPACE執筆」抜粋
また、連載20回の記事を、スキャナーでとり、ホームページに格納したので、参照されたい。
連載[航空貨物専門誌SPACE執筆全文

この連載記事執筆から24年後、国際観光専門学校航空輸送学科で、[航空貨物]という講座の講師となった。

TF7 連載執筆物語 7 マイクロ・コンピユータ・アラカルト

 昭和50年(1975年)8月から517月までの12ヶ月にわたり、㈱日本経営科学研究所が出版するコンピユータ専門月刊誌「COMPUTOR REPORT」にマイクロ・コンピユータ・アラカルトとして、私が組んだマイクロ・コンピユータのソフトを紹介した。
 467月よりソニーのマイクロ・コンピユータ SOBAX ICC-2700の特約店であり、ソニーがマイクロ・コンピユータ部門から撤退したため、507月よりキャノン販売㈱のパーソナルコンピユータの販売店となった。
 この執筆の目的はマイクロ・コンピユータの歴史において、私が行っているソフト開発というのはマイクロ・コンピユータの歴史では揺籃期であると考え、その記録を残しておくことは重要と考えた。
 パソコンが爆発的に売れ出したのはマイクロ・ソフト社のWindows95からである。95というのは1995年のことで、ここに紹介する事例はそれよりも20年前であった。揺籃期のソフトというのが、どのようなものであったかを紹介したい。

マイクロ・コンピユータ・アカラルト

TF4 連載執筆物語 4 航空と海上との貨物総流通経費分析

   42年3月に阪急交通社においては電算機の導入を決定、貨物部業務係長の私が、導入企画を行ったため、電算機を管理する総務部事務機械課長に昇格したが、貨物部業務係長というポストも与えられていた。43年3月に、貨物部業務係を廃止し、あらたに企画課が新設された。このため私の会社での仕事は、総務部事務機械課長・貨物部企画課長兼務となった。航空貨物需要開発の仕事は継続することが承認されているが、また海外旅行部門の電算機化なども研究しておく必要があった。
  航空貨物について、業界紙などから執筆を依頼されると、これは会社のPRになるため記事を書いていたが、㈱日本経営科学研究所発行のコンピユータ・レポートに[航空と海上との貨物流通経費分析]を、43年8月号、44年4月号、5月号および6月号に執筆、これを24頁まとめたので参照されたい。

航空と海上との貨物総流通経費分析

2008年12月13日 (土)

TF6 連載執筆物語 6 マイクロ・コンピユータ紙上講座

 ソニーのマイクロ・コンピユータ・SOBAX ICC-2700が発売されたのは昭和464月で、本体及びプリンターの価格は666千円であった。1ドルが360円時代であった。私は467月よりソニーのマイコンの特約店となっており、日本航空、日本通運、三井物産、海外旅行会社にマイコンを販売、ソフトを開発していた。連載執筆というのは、原稿料を稼ぐという他に販売商品のPRをも兼ねていた。
 航空関係の大手業界誌といえば、貨物では「SPACE」で、旅行では「トラベル・ジャーナル」である。「コンピユータによる航空と海上との貨物輸送方法比較」は「SPACE」の連載で編集長が「トラベル・ジャーナル」出身の中村正生氏であった。 今回「トラベル・ジャーナル」には7回、連載することになった。タイトルおよび記事名は次の通りである。

「コンピユータアレルギー患者のためのコンピユータ教室」  
第1回 業界の業務機械化はかくのごとく進む 
第2回 コンピユータ使用もインデビ時代
第3回  輸送コスト分析
第4回  団体旅行のコスト計算は?

第5回  団体旅行価格設定のシミュレーシヨン
第6回  団体旅行価格計算方式
第7回  為替変動相場制での団体旅行販売価格
  上記は昭和48129日に第1回目、319日に第7回の掲載であった。この掲載終了の12日目の4月1日にソニーの電卓部門よりの撤退が発表された。
 第二次オイルショックで大変な時代であった。現在ときわめて類似している社会情勢であった。

TF8 連載執筆物語 8 執筆と広告の露払い

  昭和46年1月から貨物専門誌[SPACE]が創刊されることになり、[コンピユータによる航空と海上との貨物輸送方法]で、毎月1回、用紙サイズB5版(182x257ミリ)で約5頁程度の原稿を書いていた。
   44~45年にかけて富士通小型電算機で処理した事例を資料として執筆した。肩書は㈱中央電算研究所の顧問としていた。
 連載記事の46年12月での原稿は、早めに提出しており、46年7月よりソニービジネスマシン㈱のマイクロ・コンピユータ SOBAX  ICC-2700の販売特約店となったため、47年1月よりの連載はマイクロ・コンピユータを使用した内容に切り替えた。また㈱中央電算研究所はマイクロ・コンピユータの販売店ではないので、肩書は[坂本システム研究所所長]に変更した。
   私は米国貨物専門航空会社フライング・タイガーの専門職社員であるが、ルフトハンザドイツ航空や日本航空にも取引関係があり、SOHO業者としての肩書のほうがビジネスにはプラスと判断した。
 連載記事の原稿料は従来どうり支払ってもらているが、私が書いた連載記事はソニーのマイクロ・コンピユータの機種の特徴を具体的に説明した記事であり、雑誌社が私の書いた原稿をメーカーソニーに持参すると、B5版の一面広告がとれるというメリットがあった。記事で読者の反応よりも、広告のスポンサーが付く記事というのが出版業界では重要視されているようである。
  ㈱日本経営科学研究所のCOMPUTOR REPORTでの[マイクロ・コンピユータ・アラカルト]にはソニーSOBAX ICC-2700機種(498,000円)の広告、航空貨物月刊誌[SPACE]の[コンピユータによる航空と海上との輸送方法比較]には、キャノンの広告が掲載された。1975年9月号と11月号には、B5版で下記の機種が紹介された。
キャノラ SX-110  価格 550,000円、SX-300 価格 850,000円および、SX-500 価格1,500,000円である。機械販売の一社一名の零細企業が、このような広報活動を行いながら販売するということは、機械の売り上げ台数は少ないが、ソフト開発が必要な顧客をメーカーや同業の販売店から紹介されるというメリットがあった。
 
 

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