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2009年7月

2009年7月 1日 (水)

EZ1 キャノンパソコン販売 1 リース会社にアプローチ

     五十年七月にキャノン販売㈱の販売店となった。ソニーはマイクロ・コンピユータの製造から撤収したため、顧客から後続機種を紹介してほしいという希望があった場合は、ソニーサービス㈱の嘱託である私に引き継がれることになる。
    最初に
紹介された会社はパイオニア㈱、日本ランディック㈱、()日本予防医学研究所などがあった。日本ランディックにおいては賃貸マンシヨンの収支計画、リース採算などのプログラムの作成を行った。この会社は新橋にあり、三井物産㈱本店の隣であった。
    
永妻寿氏は仙台航空機乗員養成所の一期生でパイロットであったが、日本航空㈱で電算機課長をしておられた。同じコンピユータの仕事をされていたため阪急在職中、日本航空本社に用があるときは、しばしば永妻氏を訪れていた。四十四年春、私は阪急を依願退職したが、永妻氏も同じころ、日本航空を依願退職され、渋谷の道玄坂でシステム開発㈱を設立され、代表取締役となられた。
    
永妻氏の紹介でとみん銀行の子会社である「とみんリース」に五十二年四月にキャノン・パーソナル・コンピユータを納入し、またリース採算計算、リース事業経理システム、償却資産申告、保険料計算、リース料請求システムなどを開発するようになった。
    
当時、フロッピィ・デイスク装置は一台一○○万円で、IBMゴルフボールタイププリンタは一台の価格は一二○万円であった。経理業務を行う場合のパソコン一セット価格は約四百三十万円であった。ソフトの開発では、同じような機種を自宅に設置しておく必要があった。
   プログラムを作成スル機械を設置していたため、キャノン販売㈱から、また同業のキャノンや販売店からプログラム作成作業を依頼されるケースが発生した。
  
在庫管理での部品展開、売掛管理、経営コンサルタントの部門別経理、抵当証券の経理、国家公務員共済病院連合会の病院医療経理などの開発があり、経理システムが業務の主流になった。  

EZ2 キャノンパソコン販売 2 金利計算に目標を絞る

    昭和四十六年夏より港区新橋の三井物産㈱にソニーのマイクロ・コンピユータを販売したが、一般の販売店と異なる販売方法は、ソフト開発を側面的に支援しながら機械を販売していた点である。ソニーのマイクロ・コンピユータの製造が打切られ後、キャノンのパーソナル・コンピユータを販売したが、リース物件、土地分譲、貸ビル、事業計画など金利計算を伴うものがパーソナル・コンピユータの主な対象業務になった。
   
五十二年夏に三井物産㈱非鉄金属総括部よりアルミ工場海外建設計画プログラムの作成を依頼された。総投資額が数百億円の大型投資プロジェクト計画はキメの細かい事例研究を必要とし、プロジェクト計画担当者が直接コンピユータを使用するケースが発生する。 海外でアルミ工場を建設するには二十年先の計算も必要であった。アルミの製造に係わる約十五項目のコスト予測が行われ、これに基づいてアルミ販売基礎価格の設定が行はれていた。次に建設の資金計画、金利計算、返済計画、投資資産の減価償却、追加投資の減価償却現地会社の採算としての生産高、販売高、直接原価、創業費、一般管理費、投資控除、課税対象額、法人税、税引き後利益、キャシュフロー、借入金、追加借入金資本コスト、借入金返済計画が必要であった。
   
また海外でアルミ工場を建設し、国内で原材料を引取るときは、国内での採算計算が行われた。数社が共同してプロジェクトを遂行するため、プログラム開発にようする費用は各社が出資比率に応じて負担された。この事業計画というソフトの開発はその後に展開されたホテル建設事業計画のソフトの開発では貴重な体験であった。     

2009年7月 2日 (木)

EZ3 キャノンパソコン販売 3 開発ソフトの専門誌への紹介

 キャノン販売㈱の販売店となったの、五十年七月であった。㈱日本科学研究所の月刊誌「コンピユータ・レポート」に五十年八月号より五十一年七月号まで十二ヶ月にわたり、「マイクロ・コンピユータ・アラカルト」と題して執筆した。五十年というのは、パソコンの元祖マイクロ・コンピユータが出現して五年目であり、これはパソコンの揺籃期でもあったので、この時期の事務商業関係ソフトの記録を活字に残したいと考えた。内容は順序不同で、ちょうど料理で言えば、アラカルト〔一品料理」であるので、アラカルトという名称をつけた。今回、紹介するために、「航空産業」、「総合商社・リース会社」、「その他」の三分類とし、全部で二十六事例を紹介することにした。
航空産業」
  一 航空機騒音証明(運輸省交通公害研究所)
 二 航空貨物市場調査検証用(航空機メーカー)
  三 航空機パレット積付個数計算
  四 利益差異分析(日本航空)
   
五 チャーター機スペース販売価格 
   六 航空運賃改定作業(IATA航空会社)
  七 関税部分申告計算(日本通運)
  八 空港グランドサービスのシフト編成
総合商社・リース会社」
   九 木材容積計算(物産)
ー○ 真鍮ロール板の切断計算(物産)
一一 輸入南洋材CIF
一二 輸出鉄鋼線材FOB
一三 輸入生糸コスト
一四 輸出自動車FOB
一五 輸入錫の標準価格計算
一六 DCF計算
一七 分譲マンシヨン価格試算 
一八 プラント売上目標設定
一九 リース採算計算 
二○ レストラン出店の売上目標
 
[その他」
二一 統計計算  四元一次回帰式 
二二 三変数の重相関計算
二三 給与計算 
二四 賃金体系調整
二五 カタ式気流測定
二六 銀行借入実質金利計算
 十二ヶ月の執筆で原稿料は一事例研究で約一万円であった。マイコン、パソコンを販売しているため、販売している機種を使用しての執筆である。この期間中、キャノン販売㈱のA5版サイズ〔148X210粍)の全面広告が2回にわたり掲載された。これはキャノン機種を使用しての執筆であったため、私の記事は宣伝効果がある判断された模様である。
  このような執筆記事は、キャノン販売㈱や販売店から、ソフト開発を依頼されるケースが増加することにもなった。少人数の業者はこのような手法が効果的と思われる。

                

2009年7月 3日 (金)

EZ4 キャノンパソコン販売 4 日航より東亜国内航空へ

 逓信省航空局米子航空機乗員養成所には、昭和十六年四月より二十年八月まで、本科生として一期生、三期生、四期生、五期生及び七期生が在籍、総員三百五十名程度と思われる。戦後は各期毎に同期生会が開催されていたが、戦後三十二年経過した五十二年九月十日、岡山乃利武で第一回本科生同窓会が開催された。出席者は約七十名で三年間、起居を共にした一期生には日本航空、全日空、東亜国内航空の現職の機長も出席された。また、四期生の大石博司氏も出席していた。 
  私は、日本航空㈱財務部会計課にパソコンのプログラム開発の指導を行っていたが担当者より東亜国内航空㈱(日本エア.システム)ではホテルに計算業務を行っているので、パソコンの話をされては如何という提案をうけた。
  
東亜国内航空㈱本社は虎ノ門の第十八森ビルの四階にあった。担当者からの情報であり、正式な紹介を受けたわけでないので会計課長の名前が不明であったが、岡山の同窓会に出席していた四期生の大石博司氏が東亜国内航空㈱整備部次長になっていたので、会計課長の名前を知ることが出来、会計課長に面会した。日本航空本社貨物部、財務部会計課、経営管理室、東京支店貨物部には、それぞれパーソナル・コンピユータをレンタル形式で提供、プログラム作成方法なども教えていたのでこの点、評価され、六ヶ月後、経営管理室および財務部会計課に、それぞれ一台づつ機械をレンタル形式で納入することができた。プログラム作成の方法を個別に教えた。これにより可なりの数の担当者がプログラムを組むことが出来た。
    東亜国内航空は、その後、社名は日本エアーシステムとなり、また数年前に、日本航空に吸収合併されたことを付記する。

EZ5 キャノンパソコン販売 5 日航より関連会社へ

  昭和二十八年四月より阪急電鉄㈱代理店部福岡営業所の旅客係として勤務した。航空会社の代理店の仕事であるため、最も関係が深かったのは日航の社員であった。

三十六年七月に福岡営業所より東京貨物課に転勤した。航空と海上との輸送要因分析研究のため有楽町のパンアメリカン航空会社貨物部に出入りしていたが、そのとき知合となったのが本間昭治氏であった。その後、本間氏は日本航空㈱に転職された。   四十七年に本間氏は日本航空㈱管理部貨物担当主任教官になり、その後、貨物部開発課長を経て、関連会社日本航空開発㈱の子会社、インターナヨナルフーズ(㈱(IFC)に取締役として出向された。この会社は日本航空関連会社として、海外のホテル内レストランの経営管理を行っている会社で、売掛金管理のためキャノンのパソコンを購入された。
   売掛管理プログラムは本間専務が開発された。日本航空の主任教官時代にソニーマイコ
ンでプログラムを組まれていたのでBASICプログラムの作成では理解が速かった。航空会社の部課長クラスが関連会社へ出向し、売上管理が問題となったとき、会社で機械を購入され、プログラムを組まれたことは新しい管理職の姿であった。
 
  この日本航空関連会社IFCが経営しているレストランに銀座弁慶があった。このレストランの内装工事を請負ったのが㈱エクス・ブレーイン・インダストリーで代表取締役社長は三木正也氏であった。
   五十三年秋に三木社長はIFCに設置されたキャノンのパソコ
ンをみて、即座に機械の購入を決定された。これから十年後、私と三木社長とで、会社を設立することになるが、パソコンの販売、ソフトの開発というのが縁で、思わぬ業種へ展開することとなった。

2009年7月 4日 (土)

FZ1 ブログへの投稿効果 1 地域別検索

     ホームページには「太平洋戦争と戦後の情報処理実務体験記」なるものをアップロードした。ファイルの容量は240メガバイトである。本日現在「21年7月4日」でアクセス件数は、10,457件となった。19年8月よりニフテイの無料ブログには、「新規業務へのチャレンシ」また、20年8月よりニフテイのBASICブログには、「新規業務の研究」というタイトルで投稿した。
    この2種類のブログの投稿件数合計は1,060件でアクセス数は21,049件となった。投稿件数が多くなれば検索した場合、上位になる可能性が高くなるが、ブログは現在、揺籃期と思われ、利用者が増加してゆくと、過去に上位に検索させたものも、追加や更新がないと、順位は次第に落ちてくる。私の投稿件数は1日平均で1.45件となっている。
     Googleで「日本」を検索すると、該当件数は7億5千9百万件であった。この中に自分の文章が検索されることは不可能である。こので、追加の検索キーとして「新規業務」を採用し、下記のような地域別の検索を行った。

Google

No.1

 地域別

74

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

日本

759,000,000

日本

新規業務

3,320,000

22

2

米国

47,400,000

米国

新規業務

1,520,000

1

3

東京

336,000,000

東京

新規業務

8,150,000

67

4

福岡

89,600,000

福岡

新規業務

1,400,000

3位

5

札幌

35,200,000

札幌

新規業務

549,000

1位、2位

6

沖縄

104,000,000

沖縄

新規業務

1,710,000

1

7

台湾

128,000,000

台湾

新規業務

1,940,000

1位、2位

8

香港

291,000,000

香港

新規業務

320,000

1

9

ローマ

7,190,000

ローマ

新規業務

96,700

1位、2位

10

パリー

165,000

パリー

新規業務

1,540

1位、2位

   日本と新規業務とを組み合わせると、22位に検索されている。
米国は 総数4千7百件で、これに新規業務を組み合わせると該当件数は30分の1の152万件の縮小となり、順位は1位となっている。
 続く 
   

FZ2 ブログへの投稿効果 2 職業別検索

     太平洋戦争が終わったのは、昭和20年8月15日である。陸軍明野航空隊基地で、戦闘機飛燕の改装整備実習中であった。戦後は米軍日本人従業員として働いた。職種としては検閲、翻訳、通訳に従事した。私のブログには、どこで何をしていたかを投稿しており、これらの職種で私が書いたのが検索されるか、以下のような検索を試みた。

Google

No.

 職業別

平成21

74

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

検閲

1,200,000

検閲

新規業務

112,000

2位、3位

2

翻訳

50,100,000

翻訳

新規業務

708,000

87位

3

通訳

4,940,000

通訳

新規業務

208,000

40位

4

旅行

258,000,000

旅行

新規業務

4,730,000

1位

5

貨物

8,240,000

貨物

新規業務

222,000

2位

6

電算機

703,000

電算機

新規業務

144,000

10位

7

代理店

18,400,000

代理店

新規業務

4,100,000

8位

8

航空会社

13,500,000

航空会社

新規業務

1,900,000

1

9

ホテル

119,000,000

ホテル

新規業務

1,480,000

1

10

専門学校

15,800,000

専門学校

新規業務

2,730,000

1位、2位

続く

FZ3 ブログへの投稿効果 3 学校別検索

 前回のFZ1 地域別検索、FZ2職業別検索につづいて、FZ3として学校別検索を下記のように行った。
  Google

No.

 学校別

平成21

74

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

尋常小学校

14,600,000

尋常小学校

新規業務

10,400

10位

2

高等小学校

1,730,000

高等小学校

新規業務

212,000

3位

3

中等学校

11,400,000

中等学校

新規業務

1,130,000

36位

4

航空機乗員養成所

9,580

7

航空機乗員養成所

新規業務

5,180

3位

5

専門学校

15,800,000

専門学校

新規業務

2,730,000

1位、2位

6

ホテル学校

6,470,000

ホテル学校

新規業務

65,000

1位、2

7

航空整備専門学校

255,000

航空整備専門学校

新規業務

76,000

13位

8

短期大学

9,340,000

短期大学

新規業務

890,000

15位

9

大学

369,000,000

大学

新規業務

2,070,000

7位

10

大学英文科

5,619,000

大学英文科

新規業務

58,100

4位、5位

続く

FZ4 ブログへの投稿効果 4 業種別航空貨物

  前回に引き続いて、業種別として航空貨物分野での検索を行う。

Google

No.

 業種別

平成21

74

 航空貨物

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

航空混際貨物理論

1,270

1

航空混際貨物理論

新規業務

1,030

1位

2

共同混載

36,100

1

共同混載

新規業務

11,600

2

3

混載差益

893

1

混載差益

新規業務

725

1位

4

航空貨物運賃

61,400

6位

航空貨物運賃

新規業務

27,400

1位

5

航空貨物研究

259,000

3

航空貨物研究

新規業務

95,000

1

6

パレット積付

91,300

1

パレット積付

新規業務

7,590

1

7

輸送要因分析

102,000

4

輸送要因分析

新規業務

31,400

1位

8

総流通経費分析

76,700

1

総流通経費分析

新規業務

61,400

1位

9

航空貨物需要予測

22,500

3

航空貨物需要予測

新規業務

14,800

1位

10

航空貨物電算機化

63,800

3

航空貨物電算機化

新規業務

35,700

1位


続く

2009年7月 5日 (日)

FZ5 ブログへの投稿効果 5 業種別ホテル

      ブログに数多くの物語を投稿してゆくと、インターネットでの検索には、どの程度の影響があったか?これを 1-地域別、2-職業別、3-学校別、4-業種別航空貨物に観察した。今回は5-業種別ホテルとした。
   私の過去の仕事では航空貨物が15年、ホテルが17年である。仕事の内容としては、コンピユータのプログラム作成業務であり、ブログラムの名称となる対象業務を検索キーとした。

Google

No.

 業種別

平成21

74

 ホテル

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

ホテル予約管理

5,230,000

ホテル予約管理

新規業務

598,000

4位

2

フロント会計

415,000

25

フロント会計

新規業務

229,000

1位

3

電話自動登算

415,000

20位

電話自動登算

新規業務

3,740

1位

4

宿泊会計書発行

180,000

3位

宿泊会計書発行

新規業務

34,700

1位

5

メニュー材料展開

867,000

メニュー材料展開

新規業務

73,800

1

6

宴会予約

6,710,000

宴会予約

新規業務

84,600

10位

7

宴会会計書

29,800

1位

宴会会計書

新規業務

11,600

1位

8

宴会顧客管理

255,000

1

宴会顧客管理

新規業務

142,000

3位

9

リネン管理

461,000

24位

リネン管理

新規業務

63,400

2位

10

ホテル建設事業計画

276,000

3

ホテル建設事業計画

新規業務

139,000

1位

続く

FZ6 ブログへの投稿効果 6 検索キーの選択

      従来追加の検索キーとして「新規業務」なるものを使用したが、私の無料ブログのファイル名は「新規業務へのチャレンジ」であるため、今回は、追加の検索キーとして「新規業務へのチャレンジ」を使用した。
   学校の授業では国語、数学、英語という教育科目は基本的なもので、インターネット上で検索すると該当件数は極めて多いと推測される。
   平成21年7月5日、Googleで検索すると、「国語」は3億5千5百件、「数学」は、5千5百万件、「英語」は10億7百件であった。
       この中で、自分が書いた文章が検索されると期待する人はきわめて少ない。私は新兵器「新規業務へのチャレンジ」を、追加の検索キーに使用した。①国語、②数学、③英語、④統計学,⑤経営学、⑥会計学,⑦体育、⑧教練、⑨滑空及び⑩剣道を検索の対象に選んだ。結果は下記の通りである。

Google

No.

科目別

平成21

75

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

国語

35,500,000

国語

新規業務へのチャレンジ

42,100

1位

2

数学

59,000,000

数学

新規業務へのチャレンジ

30,800

1位

3

英語

107,000,000

英語

新規業務へのチャレンジ

359,000

1位

4

統計学

1,450,000

統計学

新規業務へのチャレンジ

21,100

1位

5

経営学

8,110,000

経営学

新規業務へのチャレンジ

81,700

1

6

会計学

1,950,000

会計学

新規業務へのチャレンジ

29,100

5位

7

体育

185,000,000

体育

新規業務へのチャレンジ

54,900

5位

8

教練

3,480,000

教練

新規業務へのチャレンジ

725

1位

9

滑空

194,000

滑空

新規業務へのチャレンジ

1,540

1位

10

剣道

3,240,000

剣道

新規業務へのチャレンジ

13,100

1位

続く

FZ7 ブログへの投稿効果 7 検索キー「新規業務へのチャレンジ」

    検索しようとする地域の名前と「新規業務へのチャレンジ」とを組み合わせて検索すると、次のようになった。
      ①渋谷区71700件(2位)、②港区95900件(1位)、③千代田区87200件(1位)、④中央区992000件(3位)、⑤杉並区24800件(1位)、⑥横浜225000件(1位)、⑦羽田31600件(1位)、⑧千歳17500件(1位)、⑨成田46000件〔1位)、⑩板付544件(1位)、⑪伊丹16800件(1位)、⑫札幌122000件(1位)⑬那覇152000件(1位)、⑭米子11200件(1位)、⑮新潟201000件(1位)、⑯明野1770件(1位)、⑰雁の巣935件(1位)
   ファイル名が「新規業務へのチャレンジ」であったため「新規業務」よりも検索対象件数が絞られ、かつ検索表示の順位が1位となるケースが多くなった。
  ブログにおいて、無料ブログは「ファイル名」が1件のみであるが、これを2件以上にすると有償となる。このため、「新規業務へのチャレンジ」という1個のファイルに約千件の投稿を集中させた。またワープロ編集作業で不慣れのため、訂正が多かった。ブログ側としては内容の更新となるため、アクセスが多い。これが「怪我の功名」として、検索表示の順位が上がった原因と思われる。ブログへの投稿を中止すると、相対的に検索順位は低下してゆく。
  現在の順位を維持するには、月に30件の投稿が目安と判断している。
  続く
  

.

 

FZ8 ブログへの検索効果 8 多数の検索キーの組み合わせ

 福岡市に居住し、専門学校、大学には働きながら通学していた。自宅から市電渡辺通り一丁目まで、徒歩で十分、路面電車で西新町へ、それから学校へ十分また、自宅から天神町にゆき、それから雁の巣基地に出勤していた。「渡辺通り」、「西新町」、「天神町」、「雁ノ巣」の4個を検索キーとすると、第1画面の1位は「福岡県の市外番号と地名一覧」であった。次に検索されたのが、私の文章であった。
事務所が 福岡市 渡辺通り一丁目の電車停留所の近くにあ り、学校の所在地である西新町へは一本線であったので便利がよかった。 ... 西原氏は米空軍雁ノ巣基地の労務管理事務所に勤務し、マネジャーであった。雁ノ巣空軍憲兵隊の通訳を募集していることを知っていた。 ... 福岡市天神町にある千代田ビルは検閲局勤務当時、一年ぐらい居たことがあったが、そのビルに米軍憲兵隊司令部があり、雁ノ巣憲兵隊の福岡市内パトロール ・・」
 上記の文章で太字となっているのが、検索の対象になっていた。母が経営する事務所に一時勤務したことがあり、朝鮮戦争勃発時の記録から検索されたものである。
 続く

2009年7月 6日 (月)

GZ1 ブログへの投稿効果 1 YAHOO 地域別

 前回 FZ1 ブログへの投稿効果 1 地域別検索は、Googleの場合であったが今回は、Yahooの場合を、紹介する。以下の通り。
 

Yahoo

No.1

 地域別

平成21

76

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

日本

2,900,000,000

日本

新規業務

146,000

63

2

米国

267,000,000

米国

新規業務

48,400

2位

3

東京

1,480,000,000

東京

新規業務

119,000

4位

4

福岡

440,000,000

福岡

新規業務

29,900

3位

5

札幌

213,000,000

札幌

新規業務

14,700

1位、5位

6

沖縄

538,000,000

沖縄

新規業務

22,000

2位、3位

7

台湾

612,000,000

台湾

新規業務

2,120

1位、2位

8

香港

1,140,000,000

香港

新規業務

2,900

3位

9

ローマ

50,900,000

ローマ

新規業務

408

1位、2位

10

パリー

457,000

パリー

新規業務

9

1位、2位

続く

2009年7月 7日 (火)

GZ2 ブログへの投稿効果 2 YAHOO 職業別検索

   前回 FZ2 ブログへの投稿効果 1 職業別検索は、Googleの場合であったが、今回は、Yahooの場合を、紹介する。以下の通り。

Yahoo

No.

 職業別

平成21

76

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

検閲

7,650,000

検閲

新規業務

101

1位、2

2

翻訳

137,000,000

翻訳

新規業務

1,660

3

3

通訳

29,200,000

通訳

新規業務

951

3

4

旅行

1,020,000,000

旅行

新規業務

35,800

1位,2

5

貨物

37,600,000

貨物

新規業務

6,870

4位

6

電算機

914,000

電算機

新規業務

379

1位、2位

7

代理店

79,700,000

代理店

新規業務

26,600

8位

8

航空会社

22,500,000

航空会社

新規業務

1,390

5位

9

ホテル

493,000,000

ホテル

新規業務

21,600

1位、2

10

専門学校

81,700,000

専門学校

新規業務

1,570

5位

続く

GZ3 ブログへの投稿効果 3 YAHOO 学校別

  前回 FZ3 ブログへの投稿効果 3 学校別検索は、Googleの場合であったが、今回はYahooの場合を、紹介する。以下の通り。

Yahoo

No.

 学校別

平成21

76

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

尋常小学校

1,910,000

尋常小学校

新規業務

28

1位、,2

2

高等小学校

15,400,000

高等小学校

新規業務

296

1位、2位

3

中等学校

517,000

中等学校

新規業務

23

1位、2

4

航空機乗員養成所

495,000

3位

航空機乗員養成所

新規業務

99

1位

5

専門学校

81,700,000

専門学校

新規業務

1,570

1

6

ホテル学校

64,600,000

ホテル学校

新規業務

1,990

1

7

航空整備専門学校

1,760,000

航空整備専門学校

新規業務

499

1位、2

8

短期大学

21,700,000

短期大学

新規業務

134

1位、2

9

大学

1,460,000,000

大学

新規業務

48,800

2位

10

大学英文科

756,000

大学英文科

新規業務

54

1,2

続く

 

GZ4 ブログへの投稿効果 4 Yahoo 業種別航空貨物

  前回 FZ4 ブログへの投稿効果 4 航空貨物は、Googleの場合であったが、今回はYahooの場合を紹介する。以下の通り。

Yahoo

No.

 業種別

平成21

76

 航空貨物

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

航空混際貨物理論

3,040

1

航空混際貨物理論

新規業務

66

1位

2

共同混載

500

12

共同混載

新規業務

16

1位

3

混載差益

149

1

混載差益

新規業務

54

1位

4

航空貨物運賃

778,000

9位

航空貨物運賃

新規業務

478

1位

5

航空貨物研究

1,550,000

2位

航空貨物研究

新規業務

732

1

6

パレット積付

33,500

1

パレット積付

新規業務

104

1

7

輸送要因分析

1,540,000

2位

輸送要因分析

新規業務

688

1位

8

総流通経費分析

672,000

1

総流通経費分析

新規業務

801

1位

9

航空貨物需要予測

254,000

16

航空貨物需要予測

新規業務

306

1位

10

航空貨物電算機化

1,390

1位

航空貨物電算機化

新規業務

62

1位

続く

GZ5 ブログへの投稿効果 5 Yahoo業種別ホテル

 前回 FZ5 ブログへの投稿効果 5 業種別ホテルは、Googleの場合であったが、今回はYahooの場合を紹介する。以下の通り。

Yahoo

No.

 業種別

平成21

76

 ホテル

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

ホテル予約管理

28,800,000

ホテル予約管理

新規業務

997

1

2

フロント会計

2,630,000

19

フロント会計

新規業務

887

1位

3

電話自動登算

540,000

5位

電話自動登算

新規業務

30

1位

4

宿泊会計書発行

764,000

6位

宿泊会計書発行

新規業務

347

3位

5

メニュー材料展開

3,270,000

1位

メニュー材料展開

新規業務

405

1

6

宴会予約

1,140,000

宴会予約

新規業務

16

1位

7

宴会会計書

440,000

1位

宴会会計書

新規業務

145

1位

8

宴会顧客管理

454,000

宴会顧客管理

新規業務

240

1位

9

リネン管理

3,390,000

リネン管理

新規業務

118

1位

10

ホテル建設事業計画

5,090,000

1位

ホテル建設事業計画

新規業務

1,290

1位

GZ6 ブログへの投稿効果 6 Yahoo 検索キーの選択

 前回 FZ6 ブログへの投稿効果 6 検索キーの選択は、Googleの場合であたが、今回はYahooの場合を紹介する。追加の検索キーとして「新規業務へのチャレンジ」を使用したものを紹介する。下記の通り。

Yahoo

No.

学科別

平成21

75

 

検索-1

検索ー2

検索対象件数

画面表示

1

国語

106,000,000

国語

新規業務へのチャレンジ

181,000

1位

2

数学

132,000,000

数学

新規業務へのチャレンジ

120,000

1位

3

英語

465,000,000

英語

新規業務へのチャレンジ

998,000

1位

4

統計学

508,000

統計学

新規業務へのチャレンジ

110,000

1位

5

経営学

7,370,000

経営学

新規業務へのチャレンジ

6,400

1

6

会計学

2,440,000

会計学

新規業務へのチャレンジ

4,740

44

7

体育

874,000,000

体育

新規業務へのチャレンジ

215,000

1位

8

教練

23,300,000

教練

新規業務へのチャレンジ

262

1位

9

滑空

1,190,000

滑空

新規業務へのチャレンジ

789

1位

10

剣道

18,100,000

剣道

新規業務へのチャレンジ

44,000

1位

終わり

HZ1 検索該当件数2社比較 1 地域別検索

 前回のブログへの投稿効果で1 地域別検索でGoogleとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.1

 地域別

平成21

74

   Google

    Yahoo

検索-1

検索ー2

検索総数

検索総数

1

日本

759,000,000

2,900,000,000

日本

新規業務

3,320,000

146,000

2

米国

47,400,000

267,000,000

米国

新規業務

1,520,000

48,400

3

東京

336,000,000

1,480,000,000

東京

新規業務

8,150,000

119,000

4

福岡

89,600,000

440,000,000

福岡

新規業務

1,400,000

29,900

5

札幌

35,200,000

213,000,000

札幌

新規業務

549,000

14,700

6

沖縄

104,000,000

538,000,000

沖縄

新規業務

1,710,000

22,000

7

台湾

128,000,000

612,000,000

台湾

新規業務

1,940,000

2,120

8

香港

291,000,000

1,140,000,000

香港

新規業務

320,000

2,900

9

ローマ

7,190,000

50,900,000

ローマ

新規業務

96,700

408

10

パリー

165,000

457,000

パリー

新規業務

1,540

9

検索キー1として「日本」で検索すると、該当件数はGoogleでは、7億5千9百万件、Yahooでは29億件である。検索件数を絞るため、検索キー2として「新規業務」を組み合わせると、Googleでは3百32万件、Yahooでは14万6千件となった。検索順位は前回、発表のとうりである。
続く

2009年7月 8日 (水)

HZ2 検索該当件数2社比較 2 職業別検索

 前回のブログへの投稿効果の2 職業別検索でGoogleとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.

 職業別

平成21

78

    Google

     Yahoo

検索-1

検索ー2

検索件数

 検索件数

1

検閲

1,200,000

7,650,000

検閲

新規業務

112,000

101

2

翻訳

50,100,000

137,000,000

翻訳

新規業務

708,000

1,660

3

通訳

4,940,000

29,200,000

通訳

新規業務

208,000

951

4

旅行

258,000,000

1,020,000,000

旅行

新規業務

4,730,000

35,800

5

貨物

8,240,000

37,600,000

貨物

新規業務

222,000

6,870

6

電算機

703,000

914,000

電算機

新規業務

144,000

379

7

代理店

18,400,000

79,700,000

代理店

新規業務

4,100,000

26,600

8

航空会社

13,500,000

22,500,000

航空会社

新規業務

1,900,000

1,390

9

ホテル

119,000,000

493,000,000

ホテル

新規業務

1,480,000

21,600

10

専門学校

15,800,000

81,700,000

専門学校

新規業務

2,730,000

1,570

続く

HZ3 検索該当件数2社比較 3 学校別検索

 前回のブログへの投稿効果 3 学校別検索でGoogleとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.

 学校別

平成21

78

Google

Yahoo

検索-1

検索ー2

検索件数

検索件数

1

尋常小学校

14,600,000

1,910,000

尋常小学校

新規業務

10,400

28

2

高等小学校

1,730,000

15,400,000

高等小学校

新規業務

212,000

296

3

中等学校

11,400,000

517,000

中等学校

新規業務

1,130,000

23

4

航空機乗員養成

9,580

495,000

航空機乗員養成

新規業務

5,180

99

5

専門学校

15,800,000

81,700,000

専門学校

新規業務

2,730,000

1,570

6

ホテル学校

6,470,000

64,600,000

ホテル学校

新規業務

65,000

1,990

7

航空整備専門校

255,000

1,760,000

航空整備専門校

新規業務

76,000

499

8

短期大学

9,340,000

21,700,000

短期大学

新規業務

890,000

134

9

大学

369,000,000

1,460,000,000

大学

新規業務

2,070,000

48,800

10

大学英文科

5,619,000

756,000

大学英文科

新規業務

58,100

54

続く

HZ4 検索該当件数2社比較 4 業種別航空貨物

 前回のブログへの投稿効果 4 業種別航空貨物検索でGoogleとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.

 業種別

平成21

78

 航空貨物

  Google

  Yahoo

検索-1

検索ー2

   検索件数

   検索件数

1

航空混際貨物理論

1,270

3,040

航空混際貨物理論

新規業務

1,030

66

2

共同混載

36,100

500

共同混載

新規業務

11,600

16

3

混載差益

893

149

混載差益

新規業務

725

54

4

航空貨物運賃

61,400

778,000

航空貨物運賃

新規業務

27,400

478

5

航空貨物研究

259,000

1,550,000

航空貨物研究

新規業務

95,000

732

6

パレット積付

91,300

33,500

パレット積付

新規業務

7,590

104

7

輸送要因分析

102,000

1,540,000

輸送要因分析

新規業務

31,400

688

8

総流通経費分析

76,700

672,000

総流通経費分析

新規業務

61,400

801

9

航空貨物需要予測

22,500

254,000

航空貨物需要予測

新規業務

14,800

306

10

航空貨物電算機化

63,800

1,390

航空貨物電算機化

新規業務

35,700

62

続く

HZ5 検索該当件数2社比較 5 業種別ホテル

  前回のブログへの投稿効果で 5 業種別ホテルでGooglとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.

 業種別

平成21

78

 ホテル

Google

Yahoo

検索-1

検索ー2

検索件数

検索件数

1

ホテル予約管理

5,230,000

28,800,000

ホテル予約管理

新規業務

598,000

997

2

フロント会計

415,000

2,630,000

フロント会計

新規業務

229,000

887

3

電話自動登算

415,000

540,000

電話自動登算

新規業務

3,740

30

4

宿泊会計書発行

180,000

764,000

宿泊会計書発行

新規業務

34,700

347

5

メニュー材料展開

867,000

3,270,000

メニュー材料展開

新規業務

73,800

405

6

宴会予約

6,710,000

1,140,000

宴会予約

新規業務

84,600

16

7

宴会会計書

29,800

440,000

宴会会計書

新規業務

11,600

145

8

宴会顧客管理

255,000

454,000

宴会顧客管理

新規業務

142,000

240

9

リネン管理

461,000

3,390,000

リネン管理

新規業務

63,400

118

10

ホテル建設事業計画

276,000

5,090,000

ホテル建設事業計画

新規業務

139,000

1,290

続く

HZ6 検索該当件数2社比較 6 検索キーの選択

 前回のブログへの投稿効果で 6 検索キーの選択では、GoogleとYahooとの検索対象件数の部分をピックアップし、並べたのが下記の表である。

No.

業種別

平成21

78

学科

    Google

      Yahoo

検索-1

検索ー2

     検索件数

      検索件数

1

国語

35,500,000

106,000,000

国語

新規業務へのチャレンジ

42,100

181,000

2

数学

59,000,000

132,000,000

数学

新規業務へのチャレンジ

30,800

120,000

3

英語

107,000,000

465,000,000

英語

新規業務へのチャレンジ

359,000

998,000

4

統計学

1,450,000

508,000

統計学

新規業務へのチャレンジ

21,100

110,000

5

経営学

8,110,000

7,370,000

経営学

新規業務へのチャレンジ

81,700

6,400

6

会計学

1,950,000

2,440,000

会計学

新規業務へのチャレンジ

29,100

4,740

7

体育

185,000,000

874,000,000

体育

新規業務へのチャレンジ

54,900

215,000

8

教練

3,480,000

23,300,000

教練

新規業務へのチャレンジ

725

262

9

滑空

194,000

1,190,000

滑空

新規業務へのチャレンジ

1,540

789

10

剣道

3,240,000

18,100,000

剣道

新規業務へのチャレンジ

13,100

44,000

1 地域別、2 職業別、3 学校別、4 業種別航空貨物、5 業種別ホテル
6 学科別での2社の比較では、検索対象では、GoogleよりもYahooのほうが多い。しかしながら、「新規業務」という検索キーを組み合わせると、絞込対象件数は、Yahooの方が少ない。順位は両者とも大差はないようである。
終わり

2009年7月13日 (月)

IZ1 パソコンソフト開発S50~53年 1 キャノン販売店契約

     昭和46年7月からソニーのマイクロ・コンピユータの特約店となり、機械販売とソフト開発の仕事に従事していたが48年4月に電卓製造中止が発表されたが、私はマイクロ・コンピユータの在庫がなくなるまで機械販売を続行した。51年5月より、ソニーサービス㈱の嘱託となり、ソニーのマイクロ・コンピユータのソフトのアフターサービスを行うこととなった。
  50年7月よりキャノン販売㈱の販売店となり、①従来からの得意先へのキャノン機種の販売、②ソニー機種を使用しているユーザーへのキャノン機種の販売、③キャノンの紹介による機械販売とソフト開発および④キャノン機種販売店よりのソフト開発依頼が発生した。このキャノン機種の販売店の仕事は平成3年ごろまで約15年間、パソコンショップの経営者の資格が与えられたことになり、1社1名のSOHO業者としては感謝すべき販売店契約であった。
     1社1名のSOHO業者では従業員を採用し、規模の拡大を計ることは、採算ベースには乗らないため、SOHO業者に向く販売体制を採用した。過去に研究していたことをベースに次の仕事に役立てるには活字として記録を残す執筆活動である。原稿料を頂きながら機械販売の広報を行うということが、個人企業の立場を最大限活用できると判断した。
①コンピユータによる海上と航空との貨物輸送方法比較
  昭和46年1月より47年8月まで20回にわたり連載..以後、51年11月まで10回にわたり執筆
②マイクロ・コンピユータ・アラカルト
 
昭和50年8月より51年7月まで12回にわたり連載した。
 以上のように昭和50年に執筆した資料が、これから20年経過したした平成8年2月に国際観光専門学校航空輸送学科の非常勤講師として、[AIR CARGO]を担当することとなった。これがまたブログでも内容を紹介しおり、研究した事項を活字にしていたこは大変プラスであった。
        

      
      

IZ2 パソコンソフト開発S53~55年 2 マイコン国際会議

    富士通ファミリー会で論文集が発行されることになり、昭和43年4月発行の論文集第1集には、「航空と海上との輸送を決定する要因と比重について」の論文が掲載された。翌年44年4月には「航空と海上との総流通経費分析」の論文が掲載された。論文の掲載は、私にはメリットがあるという判断をした。
   マイクロ・コンピユータが発売されたのは昭和46年であるが、53年11月14日~16日に第1回マイクロ・コンピユータ応用国際会議が開催され、また55年7月8日~10日に第2回マイクロ・コンピユータ応用国際会議が開催された。
    私のレポートの第1回は、航空産業と総合商社ならびにリース会社におけるマイクロ・コンピユータ使用の実際であった。第2回はマイクロ・コンピユータの商業部門への応用、十年間のうちのこの二年の特徴であった。下記を参照されたい。
IMAC78&80 マイクロコンピユータ応用国際会議
     パソコンが爆発的に売れ出したのは、マイクロ・ソフト社のWindows95である。これよりも18年前にどのようなソフトでパソコンが販売されたか?これは極めて客観的な資料といえよう。

2009年7月16日 (木)

IZ3 パソコンソフト開発S55~58年 3 東京第一ホテル

  東京第一ホテル本部にパーソナル・コンピユータを納入し、新規ホテル建設のための十五年間ホテル営業収支予想プログラムの作成を依頼されたのは昭和五十四年であった。それから二年後の五十六年春、キャノンのスモールコンピユーターCX-1で中小規模のホテルフロント・会計ソフトの開発を受託した。約四ヶ月で一応のブログラムが完成、次のような順序で、現地に出張した。
①第一ホテル福岡 客室規模二百二十室
テスト期間:五十七年四月、約一ヶ月。 結果は:導入見合わせ。
②第一ホテルグアム  フロント会計導入の現地調査。
出張期間: グアム島 五十七年六月、約一週間滞在。
結果は現地の電気事情不安定のため、パソコンには不向き:導入は見合わせ。
③第一ホテル富山 客室規模 百十五室 レストラン四店舗、宴会施設あり。
出張期間:五十七年十月に約一週間。導入は成功。
④第一ホテル筑波  客室規模百二十六室。
出張期間:五十八年三月、約一週間。導入は成功。
筑波科学博覧会のオープンに合わせて、ホテルが開業。三月十二日より天皇陛下(昭和天皇)および皇室の方々が最初に休息されたホテルで、一般には三月十五日からの予約受付となった。
航空貨物業務からホテルのコンピユータソフト開発へ、仕事の転換を計った。 

IZ4 パソコンソフト開発S58~59年 4 Total Hotel Computor Syestem

  ㈱エクスブレイン・イダストリーンヅストリー〔EX社と仮称)港区赤坂に事務所があり、ホテル・レストランの内装工事・設計施行会社で、五十四年四月に建設業の会計経理システムを開発しキャノン機種を納入していた。この会社は英国のトラヴェル・ロッジというホテルチエィンの日本での総代理店を計画されており、ホテルの内装工事を引き受け、またホテルを運営することが狙いであった。このため私にホテルに必要なコンピユータ・システムの提案を行うように要請された。ホテルでどの程度、コンピユータ化が行われているかのホテル・レストラン関係の業界雑誌の調査内容を見ても、大型コンピユータを対象としたシステムであり、また実際のホテルの担当者に話を聞きに行っても必要が情報は得られないため、市場調査を行わず、私が考えたものを提案した。ホテル・レストラン工事の設計会社であるため、ホテルの建設並びに運営にようする費用を中心とする事業計画が最初のソフトプとなる。
   
総合商社における海外のプラント建設の事業計画、リース会社で体験したマンシヨン建設、販売の事業計画、貸ビル事業計画、リースの期間損益計算、ホテルの建設十五年間収支計算、EX社の会社の経理システムを考慮にいれて、独自のシステムを構築し、五十八年三月には納品した。その後、ホテルを対象とした会計経理、予算管理、フロント会計、客室予約管理、在庫管理、償却資産管理、料飲管理、宴会予約、セールスマンの業績管理であった。
    
この会社は日本航空関係会社より紹介をうけ、五十四年四月以降よりホテル・レストラン工事会社としての会計経理、業績評価、給与計算、建設工事積算システムを開発した。ホテル建設の事業計画では航空会社がこれを行う場合は、航空旅客を重要が宿泊客と考え、宿泊収入が詳しい事業計画となる傾向にある。ホテルチエィンの事業計画では収入源となる客室種別、レストランの種別、客単価これに要する経費、建物を建設したときの資金、借入金の返済計画がノウハウとなる。建設業者で特に内装工事会社の場合は、建設にようする設備の明細が詳しくなる。
    
ホテルでの事業計画の経験に総合商社やリース会社での経験が付加され、またリース会社のノウハウである減価償却や、総合商社の資金調達や借入金の返済計画、運転資金の借入と自動返済、部門別損益計算を念頭においた。
 
 ホテル・レストラン工事会社が経営者より入手した経営情報、建築業者としての建設積算の情報、EX社の会計経理のコンピユータ化での勘定科目の設定などを考慮にいれた。事業計画のソフトの出来ばえが次のソフトは発注に結びつく。ソフトの発注は口頭で行われることが多く、先方の話を理解することが重要であった。
   
EX社は赤坂に事務所かあり、赤坂地区は料亭やレストランが多く、EX社で内装工事を引き受けたレストランで社内の忘年会、懇談会を行うことも多かった。この会社の新事業計画にはコンピユータの関係があったので、これらの集会に招待されることもあった。

IZ5 パソコンソフト開発S59年 5 晴海国際見本市でのデモ

   五十八年三月にエクスブレーイン・インダストリー㈱(以下EX社と略称)に次のプログラムを開発、納品した。   ホテルフロント会計     客室予約管理     在庫管理     償却資産管理    料理飲料管理      会計経理     予算管理     給与計算 
    四月より顧問として志賀景昭氏が同社に採用され、志賀氏は私が開発したプログラムの監修と販売用の宣伝資料を作成された。
 
五十九年三月十二日より五日間、晴海の国際見本市で「ホテル・レストラン・シヨー」が開催され、EX社がプーズを借りていたのでEX社が保有するキャノン機種AS100によりフロント会計のデモを行った。
  
機械の操作並びに説明はこのプログラムを私が担当した。開催中は連日、大雪が降っていた。次女佳子は三月に青山学院大学経営学部を卒業して四月より日本IBM㈱に入社が決定しており、同級生田中哲文君とともにデモを手伝った。
  
このデモにおいては契約の成果はなかったが、志賀顧問の紹介で㈱リードの営業部長伊東氏と知合となった。伊東氏はその後、会社を退職され、㈱シードを設立され、成田レストハウスへのフロント会計の売込みに協力された。また日本IBM㈱のホテル・レストラン部門担当課長の金子一郎氏と知合、二年後、日本IBMのプログラム登録店になったとき顧客の紹介に協力された。志賀景昭氏は三年後、EX社を退社され、国際観光専門学校ホテル学科の講師となった。私は同氏の紹介で、同校のホテル学科のホテルコンピユータ実習の講師となった。

2009年7月17日 (金)

JZ1 パソコンソフト開発S59~60年 1 海外旅行分析作業

  海外旅行の自由化は三十九年四月で、旅行業界専門週刊誌「トラベル・ジャーナル」は、五十九年正月に海外旅行自由化二十周年記念として自由化の歩みの特集を別冊として発行した。この特集号にEX社で開発したTHCS(トタルホテルコンピユータシステム)の全面二頁広告が掲載された。この専門週刊誌に、私の知合の中村正生氏が編集局長兼編集長に就任された。中村氏はかって航空貨物専門誌「SPACE]の編集長で、創刊号より私は約三十五回、連載執筆してきたので、私が需要予測や需要分析には精通していることは知っておられた。
  五十九年四月より海外旅行自由化二十周年特別企画として、中村編集長が書く特集記事として、海外旅行二十年間の需要分析を行うことになり、コンピユータによるデータ処理を手伝うことにした。
  阪急福岡営業所への海外旅行業務研究では三十三年ごろから海外旅行のマーケットの研究をしており、外務省で公表された旅券発給統計を分析したものである。海外旅行の自由化は三十九年四月であり、その時点での分析をジャパン・エア・ジャーナルで行ったことがある。海外旅行の統計データの分析には非常に興味をもっていた。 
  トラベル・ジャーナルで編集された海外旅行二十年間の統計データを分析して、これを特集記事にするわけであるが、どのデータとどのデータとを対比させれば、二十年間の傾向を分析できるかがポイントとなる。
  海外旅行二十年間の統計データを自宅に設置しているキャノンパソコンAS100に約千種類入力し、半対数グラフによる最小自乗法プログラムを開発、比較関連するデータを一画面にカラーで表示、これをカラーで印刷するシステムを開発した。カラーの画面印刷を納品として提出した。
  画面の縦軸は約十八糎でこの中に最低五万人から最高五百万人の目盛を入れ、また画面の横軸は約二十四糎でこの中に三十九年より五十八年までの二十年間の年度を表示させるわけである。伸び率が同じであれば半対数表では直線として表示されるので、関連性があると思われる特定の時系列データを、コンピユータで呼び出し比較すると、一般には気が付かない傾向を把握できる。
  例えば、年齢別で二十歳未満、二十一歳から三十歳までの年度別渡航者数の時系列データの画面表示によりヤングかミドルかの伸び率が視覚により把握できる。
分析する私がこれらの特徴があるデータをコンピユータより呼び出し、データ分析のポイントとなるところを編集長に説明し、編集長は読み物としての記事を書くわけである。編集長が書いた記事は次の通りであった。                                        
五十九年
四月 二日号 1984年の需要を予測する。成長期より微成長期へ
  二二日号 照る日、曇る日、みぞれの日 海外旅行市場今年の空模様
五月二八日号 海外旅行者の年齢別分析 ヤングかミドルかシルバーか
六月一一日号 デスチネーシヨンはそうのびるか 一四ケ国 二十年間
八月二七日号 航空座席は過剰か不足が 路線別、需要、供給を分析する
九月  三日号 1984年日本発航空座席調査
 
 一七日号 Cクラスの乗り心地、各路線の推移を分析する
十月一五日号 旅行会社の適性規模と平均利益は、大・中・小を経営分析
以上 

2009年7月20日 (月)

JZ2 パソコンソフト開発 S59~60年 ホテレス産業視察団同行

   EX社はホテル・レストラン専門月刊雑誌「ホテレス」に毎号、レストラン内装工事での自社の作品を二頁にわたり広告をしており、また、海外のレストランのインテリアを見学するため、ホテル・レストラン関係者のツアーを募集していた。
 
  五十九年六月二十九日より二週間、「ホテレス」の出版会社㈱オオタバブリケーシヨンと共同で主催していた「第十四回ホテル・レストラン産業視察団」に参加した。訪問先はサンフランシスコ、ニューヨーク、アトランチクシチイ、ロンドン、ウインザー、パリーおよびシンガポールであった。 宿泊した各ホテルの支配人やレストランチエーンの経営者からセミナーを受ける旅行であった。この参加者の中にホテルを建設する会社の課長クラスがいるため、EX社の要請により参加した。 シンガポールでは第一ホテルでお世話になった山田主任が近くオーブンするシンガポールの第一ホテルの開業準備委員として赴任していたので会食を共にした。山田主任とは福岡、グアム、富山、筑波へのコンピユータ関係では同行された。

JZ3 パソコンソフト開発S59~60年 鹿児島へホテルシステム研修

   EX社の要望により開発したコンビユータシステムを、一般のホテルに販売するには、パソコンの機種としての限界と開発したプログラムの特徴を知る必要があった。EX社から依頼される前に開発したフロント会計システムの納入実績は第一ホテルの富山と筑波の二つのホテルであり、客室数は百二十室前後の新築の都市ホテルであった。
 EX社の取引があるホテルは五百室以上のホテルで都市ホテルよりもリゾートホテルでありパソコン一台で処理するシステムでは可なり無理があった。
 CRT画面が英語使用で、漢字システムはまだ開発していなかった。ワープロ機械が発売された初期の段階では一台三百万円と高価であり、パソコンにはまだ漢字システムが組込まれていないため、漢字組込システムの販売が困難であった。
   
コンピユータの対象となる百室程度のホテルのシステムには漢字の処理が必要であったが、この処理ができないために、旅館関係の処理は不向きであった。
 
  六十年一月に鹿児島城山観光ホテルにEX社長に同行して出張した。このホテルの内装工事をEX社が引受けているため、ホテル会計経理のコンピユータの開発で参考となるシステムの説明会で、二泊三の日程であった。
二月に再び城山観光ホテルにホテの会計経理の講習会で二泊三日の日程で出張した。内装工事会社のコンサルタント的サービスの色彩を帯びていた。部門別の損益計算システムには部門別コードの設定が必要な旨、説明した。  交通費はEX社が負担、ホテル滞在費はホテルの招待宿泊となったが、坂本システム研究所のビジネスとしては成立しなかった。
  EX社で紹介されたのはリゾートホテルで、日本式旅館の色彩が強いため一室の料金の観念がなく、一名、食事込みでいくらという日本旅館的な料金設定はフロントシステムとは可なり処理体系が異なっていた。  客室へ電話料金の自動登算、複数のCRTよりの客室への入力など、色々なシステムの発生が予想されるが、初期の段階においては、コンピユータの中身を知っているものが販売しないとシステムは無理であった。
  客室の料金の計上では、その日の売上はその日の宿掛に計上するのが都市ホテルで、客がチェックアウト時に、すべての売上を計上するのが日本式旅館システムであった。この様な相違があるため、プログラムの中身は全く異なるものであった。
  ホテルのシステムの価格は数百万円から数億円までの価格の相違があり、数千万円、数億円かけて機械を導入したいとするホテルよりも、最も経済的に機械を導入したい会社にパソコンの市場があると思われた。英語に強い地域のホテルを探す必要があった。

JZ4 パソコンソフト開発S59~60年 訪問販売

 EX社はホテル・レストランの内装工事監理設計会社であり、同社と共同で工事現場別期日管理経理システムを開発した。 昭和六十年二月上旬にキャノン㈱の東京での販売店である㈱BPCの吉本社長に開発した建設業の経理システムとホテルフロント会計資料を手渡しプログラムの紹介をお願いした。
 キャノン販売㈱が開発したソフトで、キャノンのパソコンを販売するときは、お互い販売店同志は競争関係にあるが、プログラムを開発しているため、キャノンの販売店からソフト開発の仕事を受注している立場でもあった。
   
吉本社長は沖縄出身であり、休暇で沖縄に帰省したときキャノン㈱の販売店であるSCAT沖縄の名嘉課長に見せたことがあった。SCAT沖縄は税理士事務所が親会社であったため、私が開発した経理システムを評価してくれた。五十二年六月のキャノン販売㈱のセールスコンテストの表彰式(於熱海、金城館)に同課長も出席していた。キャノン販売㈱パソコン販売担当小関部長より坂本システム研究所はパソコンの販売以外にソフトウエアの開発で可なり収益をあげている旨、紹介されたので、同課長はこのことを記憶していた。六十年二月下旬、同課長より電話がかかり、フロント会計で出張して欲しいとの要請があった。私は沖縄には日本航空の沖縄線開設招待飛行で二十九年九月に約一週間旅行したことがあり、その後の沖縄に対して興味もあり、出張する旨返事をした。
  EX社と共同で開発したホテルシステムは、
顧客がこのシステムの納入実績を尋ねられた時は、まだ何処にも納入していないという回答になるわけである。最初が非常に難しいセールスであった。
 
EX社あるいは他社の紹介で東武ホテル渋谷、大京観光、東海観光、筑波ホテル、三島グランドホテル、東洋ホテル、日本ユニバック、十和田湖ホテルなどの担当者へデモを行ったが、新規に開発したプログラムで納入実績がないため説得性に欠けていた。最初の納入先を確保することが重要であった。
  EX
社より某ホテルを紹介されていたが、このホテルはチェィンホテルで、ソフトの売上高も多く、場所もセースルには好都合な東京であったが、成功するにはかなり時間がかかるため、沖縄の売上高は少ないが、沖縄の方が確実性あるものと判断した。ソフトウエアの開発、販売における出張では業者が交通費を負担するのが通常であるが沖縄のような遠隔地の場合、航空運賃でも往復五万円になるため、出張が困難である。これをSCAT沖縄で負担するという条件であったので出張することとなった。

JZ5 パソコンソフト開発S59~60年 ホテルサン沖縄へ

    六十年三月二日、全日空で沖縄に出張した。東京より約三時間の飛行であった。名嘉課長は最初にムーンビーチ・ホテルに案内したが、コンピユータを導入するための社内の話合が整備されていなかった。同課長はセースルの予備としてホテルサン沖縄(客室数二百八十室、レストラン四店)を紹介した。このホテルは空港より十分以内の距離にあり、この近所に国場組の関連会社、㈱国建があった。の会社の会議室を借用して、翌日デモを行った。デモに出席したホテル経理課長嘉味田氏はデモのプログラムにバグ(虫)が無いこととホテル側のソフト修正要求に応ずることを条件としたため、三日後に納入が決定、三月末に機械が導入されるようになった。
      
プログラムの予算は百五十万円で交通費を入れると採算的には良くないが、独自に研究したシステムの第一号であった。ホテルとしては他の業者にこの金額の予算でシステムの発注を行っていたため、この予算で了承して欲しいとのことであった。開発していたフロント会計でのCRT画面は、英語仕様となっていて一般のホテルでは敬遠されるところが多いが受入れられた。
    
経理課長は米国系ホテル・チェィンで勤務された経験があり、開発したシステムが米国式経理処理を採用していたためOKとなった。一台のパソコンで客室規模二百八十室まで処理できる実績を第一号より作ることは極めて恵まれた条件であり、東京より一八○○キロの遠隔地で稼動させることとなった。プログラムに欠陥があるときは修正したプログラムを速達郵便で送ることにした。六月一日より本番計算を開始した。沖縄の状況にあわせまたホテル側の提案でよいと判断されるものは、この提案システムに織り込んだ。
  ホテルサン沖縄には三月上旬にデモ、三月下旬に機械設置時のプログラム・セットアップ、五月末にフロント会計書(沖縄県税務事務所承認済み)の正式印刷様式の採用開始まで三度の出張を行った。

2009年7月21日 (火)

KZ1 ホテルソフト開発&販売 1 沖縄地区訪問販売

ホテルサン沖縄には昭和六十年三月上旬にデモ、下旬にキャノン販売店SCAT沖縄よりキャノン機種を設置され、私はホテルフロント会計プログラムを機械にセットアップし、五月末より正式なフロント会計書が発行できるようになった。消費税が導入される平成元年四月以前においては、沖縄でのホテル宿泊会計書には沖縄県税務事務所承認済印がある正式印刷様式を使用することが求められており、このため、三回わたり出張した。
    
その後、六月、七月および八月に他のホテルのセールスで沖縄へ出張した。これらの出張に要する往復交通費や滞在費は当方の負担であるため、ホテルに二度、訪問してデモを行う時は訪問先のホテルの客室タイプや料金の手直しを行って、ホテル側で受け入れられやすいようなモデルを準備した。
   ホテルへのキャノン機種の販売は、キャノン販売店SCAT沖縄名嘉課長が行い、私はプログラムの開発納入で、この両名の協力により、沖縄地区の販売を行った。
    
名嘉課長が運転する乗用車で西部オリオン(二百室)、沖縄シエラトン(二百八十室)、ムーンビーチ(二百六十室)、パシフィック(三百八十室)及び那覇東急(二百八十室)、沖縄リーゼントホテルを訪問、とくに日本航空開発㈱のホテルグランドキャスルには二回、デモを行い可成り、導入に前向きの検討が行われていた。
     しかしながら、きわめて運が悪いことは、六十年八月十二日に、
東京~大阪間の日本航空一二三便の御巣鷹山での墜落事故であった。これにより、沖縄への旅行者数は急に冷えこみ、また、日航関係ホテルの設備投資も当分、差控えられるようになった。このため沖縄のセールスを断念せざるを得なかった。これは大変な痛手であった。
    
ホテルサン沖縄で採用されたフロント会計がその後のフロント会計の基礎となった。沖縄に替わる地域として選んだのは新東京国際空港(成田)であった。

KZ2 ホテルソフト開発&販売 2 新東京国際空港地区訪問販売

   昭和五十九年三月に晴海のホテル・レストラン・シヨウで当時、ホテル専門の汎用コンピユータソフト会社の㈱リードの営業部長であった伊東と知合った。その後、伊東氏は会社を退職し、独立して㈱シード・プランニイングを設立し、社長となった。六十年六月に伊東社長に同行し、成田の新東京国際空港内にある東京航空食品㈱(略称TFK)の一部門である成田エアポートレスハウス(二百十室)にフロント会計システムのセールスに出向いた。伊東社長はホテルの予算の関係で以前、勤務した会社でのセールスが困難であったため価格が安いパソコンをホテルに紹介することを考えた。
      
TFKは国際線の機内食を提供している会社で日本航空㈱が四十三パーセント、エアフランスが三パーセント出資していた。レストハウスは空港構内にある唯一のホテルで管制塔と接近しており、付近には国際航空貨物施設であった。この地域は警備が厳重で訪問するには警察官がゲートで訪問先よりの了解の有無を確認しており、五十米間隔に盾をもった機動隊員の前を通りぬけてのセールスであった。
    
四十三年六月に航空局の推薦で私は、航空貨物需要予測委員会委員の委嘱をうけた。これは新東京国際空港貨物施設の規模を検討するための委員会であった。四十四年五月より航空貨物システム開発で独立、五十年に航空貨物分野から撤退した理由が、この厳重な警備体制であり、航空会社や代理店への飛込みセールスが困難と予想した。実際、空港が開港したのはそれから三年後であった。空港構内の仕事は私にとっては、きわめて土地勘があるところの仕事であった。
   
六十年六月よりホテルサン沖縄のフロント会計システムが本稼動した。パソコンの簡易ワープロで沖縄でのフロント会計システムの説明文を作った。十二月末に見積書を提出、この説明文が決済のための稟議書に添付され、見積書が承認され、六十一年四月よりのコンピユータの導入が決定した。
      
見積書には経歴書の添付となるが取引先が航空産業であり、レストハウスが日本航空の関係会社であったことはプラスであった。六十一年三月にフロント会計に機械一台を納入、開発したプログラムをテストし、四月一日より本稼動した。

KZ3 ホテルソフト開発&販売 3 航空業界売掛管理

 ホテルのフロント会計で、宿泊代金を現金やクレジットで支払顧客は、主に個人客であるが、会社よりの宿泊客には後払い、旅行業者よりの予約客で現金払いの場合は、紹介手数料を旅行業者へ支払う場合と、旅行業者よりクーポンによる支払いがある。
   私が最初にホテルにパソコンを納入した会社は東京第一ホテル(新橋)であり、阪急交通社に勤務していたことはホテルに宿泊客を紹介する業者でもあるため旅行業の中身を知っているパソコン業者であることが評価された。
    ホテルサン沖縄には本土の旅行業者が団体客を送っており、旅行業社出身であることは、一般のパソコン業者よりはホテルの取引先の事情には明るいとおもわれている。
    六十一年四月より成田エアーポートレストハウスのフロント会計が本稼動した。見積書には売掛管理システムの開発もあり、四月に売掛管理用として機械一台、追加導入した。このホテルへの機械の納入とソフト開発は私が行うため、売上も可なりの金額となった。売上管理はホテル側の希望とうりに開発しなければならないので、担当者との打合でスカーライナーで上野から成田空港まで出張した回数は約四十回、開発に要した時間は約千三百時間となった。八月には作業が終了した。
  このホテルの主な売掛先は航空会社や旅行業者、空港内の航空貨物関連会社などであり、会社名は略称を使用する場合が多い。また通過客の場合の宿泊料は航空会社で負担するが、その金額を二社の航空会社で分担するが、その方法を「プロレーシヨンズ」と呼ばれている。一般に宿伯客は英語ではGUESTと呼ばれているが、空港内ホテルでは、PASSENGERと呼ばれていた。このような業界用語が必要な特殊ホテルであった。                       

 

KZ4 ホテルソフト開発&販売 4 ホテル建設事業計画で沖縄へ

   六十年三月にホテルサン沖縄にフロント会計プログラムを納入、この時、SCAT沖縄の名嘉課長の紹介であったが、同課長は六十年秋にはSCATを退社して、㈱国建システム部次長として就職した。
  ㈱国建は倒産したホテルを買収し、改装工事を行うことになり、今回、㈱国建に転職した名嘉次長の要請で、六十一年夏、ホテル建設事業計画採算業務で沖縄に三泊四日の日程で出張した。
  このときEX社と共同で開発し
たホテル建設事業計画プログラムを持参した。㈱国建システム部はキャノン販売㈱の販売店であり、機械を所持していたので国建のホテル開発担当者と買収したホテルの改装工事後、ホテルの運営を行った場合の長期経営計画のシミレーシヨン作業を手伝った。 交通費と滞在費とを同社で負担、出張費として十五万円程度が支払われた。翌年、私は新会社を設立することとなるが、最初の仕事はこの事業計画を行った対象のホテルであることを付記する。

KZ5 ホテルソフト開発&販売 5 個人から法人へ切り替え

EX社の顧問であった志賀氏は退社し、ホテルコンサルタント会社を設立し、また国際観光専門学校東京校の国際ホテル学科の非常勤講師となった。六十一年八月に成田エアポートレストハウスのプログラム開発作業が終了したが、それ以降のビジネスとして、㈱シードプランニングの伊東社長と東京都内並びに成田地区のホテルへセールスを行ったが、販売は成功しなかった。
   
四十四年五月より坂本システム研究所を設立したが、株式会社組織にせずに仕事を展開したが、一般ホテルへの販売には信用の面で限界が発生しており、六十一年八月の時点では、新規のプログラム依頼先がストップしていた。EX社においては、顧問の志賀氏の退社により計画していた㈱IHD社が設立されないままになって中断したため、EX社長より私にこの会社を設立し、その代表者に就任するように要請された。
 
  設立予定の㈱IHDはホテル建設のコンサルタント業務やホテルへの人材を派遣、予約センターの業務を主なビジネスとして企画されており、副次的なものとしてホテル・コンピユータ・システムを開発する業務などがあった。 ホテルのコンサルタント業務や人材派遣業務は経験がないため引受けることはできないが、五十八年一月よりEX社のコンピユータ・ソフトウエアの開発を行っており、ホテルのコンピユータシステムの開発と販売に限定した業務での会社設立は可能と考えた。
  
EX社は日本航空関連会社の紹介で五十三年末より取引を開始しており、同社の経理システムの処理、給与計算、工事積算などでは、私から機械を五台程度購入され、またプログラムも開発も委託されていた。個人で販売を行うことは暗礁に乗りあげており、このとき取引先よりの提案により、新会社を設立し、新たなビジネスを行うこととなった。
  六十二年三月十七日に私は還暦を迎えることになったが、十九年継続した自宅でのソフト開発ビジネスから会社へ定期的に通勤するサラリーマンへ転身することとなった。会社組織において当座、為すべき業務として、今までにキャノン機種で作成したホテル関係コンピユータソフトを日本IBM㈱のパソコンに移行することであった。キャノンからIBMへの転換を考えた。将来OSがIBMに移行することを予測した。四十二歳の厄年から六十歳の還暦までの期間の仕事がこの自営業「坂本システム研究所」であった。   

LZ1 還暦からの再出発 1 会社の概要

昭和六十二年二月十二日、ソアレックス株式会社、資本金千二百万円、本社所在地、港区赤坂で設立登記を行った。代表取締役に三木正也氏(EX社長)と私が就任した。出資比率は各々五十パーセントとした。会社の事務所はEX社の事務所の一部を借用した。対外的には坂本システム研究所の会社組織ということになり、プログラム開発例と会社概要、私の経歴などを紹介した。EX社はホテル・レストランの内装工事設計会社であるため、ホテル・レストランという同一マーケットを対象にした新会社であった。
  私の代表取締役の経歴として
S 二八~四三 阪急電鉄㈱社員出向先㈱阪急交通社
  四二~四三 総務部事務機械課・貨物部企画課兼務
  四四~現在 坂本システム研究所代表
  四四~四八 フライングタイガー航空会社社員
  四七~四八 ボーイングコンサルタント
  四五~五八 ソニー倉庫、ソニーサービス嘱託
  新会社のプログラム開発例として
  1 フロント会計  2 予約管理     3 会計経理
  4 予算管理      
5 償却資産管理 6 在庫管理
  7 給与計算     8 顧客管理      
9 売上請求 
10 部門別売上売掛集計
 
プログラム開発実績として
官公庁
  運輸省(航空機騒音証明)
  国家公務員共済組合連合会(医療経理)
運輸機関
 ルフトハンザドイツ航空(コスト分析)
  日本航空(本社部門各種プログラム)
  日本通運(関税申告計算)   
商社・リース 
 三井物産(約二十部門、各種プログラム)
  三井リース事業(リース計算、期間損益)
 とみんリース(リース業経理)
  日本ランディツク(リース採算)
ホテル
  成田エアーポートレストハウス(フロント会計・売掛管理)
 富山第一ホテル
   筑波第一ホテル 

  ホテルサン沖縄(フロント会計)
レストラン
  ジロー(経営管理)
 ハピーモア(レストランチエーン経営管理)
その他
 エクスブレーン・インダストリー(建設業OA)
 以上の会社案内は六十二年三月六日及び二十日の「ホテル・レストラン」週刊業界誌の中開き四面広告に掲載され、これを新会社のパンフレットに使用した。EX社はこの業界誌に隔週でレストラン内装工事作品事例を紹介のためスペースを確保しており、これを利用してのソフトウエアの紹介という販売面での特徴であった。 

2009年7月22日 (水)

LZ2 還暦からの再出発 2 還暦までの業務出張

   一九六九年〔昭和四十四年)三月に、阪急電鉄㈱を依願退職し、五月に坂本システム研究所を設立した。八七年〔昭和六十二年)二月に、ソアレックス株式会社を設立した。SOHO業者として十八年間の業務出張は次の通りである。         
時期     行先 事由
六九年 三月 阪急電鉄㈱依願退職
    四月 ㈱阪急交通社依願退職
    五月 坂本システム研究所設立
六九年 八月  香港 マカオ 日本海外旅行㈱の招待
    九月 米国貨物航空会社フライング・タイガー専門職社員
   一○月  香港と台北 FT航空会社
   一一月  伊豆 富士見ランド ㈱中央電算研究所
   一二月  米国、ロスアンゼルス 
七○年 二月  台北  航空貨物流通経費分析提案
    四月 米国、ロスアンゼルス、シカゴ
    七月 ソニー倉庫㈱航空チーム嘱託 
    七月  台北 FT航空会社の出張
   一二月  京城、香港 航空貨物専門誌の取材
七一年  三月 台北、マニラ FT航空会社の市場調査
    七月 ソニービジネスマシン㈱特約店契約
    九月 航空貨物流通経費分析提案
    一一月 米国、ロスアンゼルス、フィラデルフィア
七二年一二月 広島市へ ソニー倉庫㈱
七三年 三月  フライングタイガー航空会社退職
        ソニー倉庫㈱退職
七四年 四月 名古屋、大阪、福岡、札幌  三井リース事業㈱
七五年 七月 キャノン販売㈱販売店契約
七七年  六月 熱海温泉金城舘キャノン販売店表彰式
七九年 七月  湯河原温泉まとい荘、キャノン販売店表彰式
八二年 四月 福岡第一ホテル、フロント会計ソフト試計算
    四月  福岡第一ホテル、業務と母の米寿祝、次女佳子同伴
    六月 米国、グアム第一ホテル、フロント会計ソフト
   一○月 富山市桜町 富山第一ホテル、フロント会計
八三年 二月 筑波学園都市筑波第一ホテル、フロント会計
八四年 六月 米国、英国、仏国、シンガポールのホテル
八五年 一月 鹿児島市城山観光ホテル、システム講習
    二月 々
    三月 那覇市ホテルサン沖縄、フロント会計デモ
       ホテルサン沖縄、フロント会計セットアップ
        五月 ホテルサン沖縄、フロント会計ソフト稼働立合
    六月 沖縄グランドキャスルへセ-ルス
    七月 々
八六年 三月  成田 成田エアポート・レストハウス
    四月  長野 中門ホテルへセールス
    八月  那覇 ㈱国建 ホテル建設収支計算で出張
八七年 一月  富山 第一ホテル富山保守サービスで出張
    二月 ソアレックス㈱設立
              以上

LZ3 還暦からの再出発 3 還暦までの料飲・リース関係ソフト記録

ソフト開発記録(料飲・リース事業)
19717月、ソニービジネスマシン㈱特約店
19747月、ソニーマイクロ・コンピユータソフト作成指定店
19757月、キャノン販売㈱販売店契約
19765月、ソニーサービス㈱嘱託(マイクロ・コンピユータ・ソフト支援)
年度  番号  プログラム         摘要
七四  六四  レストラン売上目標設定   三井物産㈱
    六五  レストラン出店収支計画
    六六  チエーン店経営比較     ㈱ジローフーズ
    六七  レストラン出店計画
    六八  シヨッピングセンター出店(社)日本ショッピンクセンター
    六九  リース料算出計算
七五  七○  リース期間損益累積計算
        七一  円形ドーム計算       徳山機械㈱
        七二  給与計算
    七三  リース採算(リース会社)
七六  七四  分譲土地収支計算      ㈱日本ランヂング
    七五  分譲マンシヨン収支計算
    七六  貸ビル収支計算
    七七  ファクタリング
    七八  リース採算         ㈱とみんリース
    七九  リース減価償却
       
八○  リース保険料計算
    
八一  銀行口座振替依頼書作成
七七  八二  償却資産申告
        八三  リース会計経理
    八四  自動車リース
    
八五  リース五年計算
        以上       

LZ4 還暦からの再出発 4 還暦までの一般・飲食関係ソフト記録

ソフト開発記録(一般企業・ホテル)
1975年7月、キャノン販売㈱とキャノンパソコンの販売店契約。
年度  番号  プログラム        摘要  
七七  八六  医療経理         国家公務員共済組合
    八七  部門別経理システム    ㈱吉川経営研究所 
七八  八八  スクーリン製造部品展開  ㈱キクチ科学研究所
    八九  抵当証券経理       日本抵当証券㈱
七九  九○  内装工事会社期日管理経理 ㈱エクスブレイン・インダストリー
    九一  商品取引XYプロッター  商品取引会社
    九二  レンズ製造会社経理    ㈱リケン工業
    九三  税理士経理        丸山税理士事務所
    九四  自動車会社経理      東京オート株式会社
    九五  電子部品展開        奥原電気㈱ 
    九六  電気工事配線見積     ㈱野中電業社 
    九七  レンズ在庫管理      ㈱リケン工業
    九八  給与計算            
    九九  スクーリン在庫管理    ㈱キクチ科学研究所
   一○○  中古車在庫管理      東京オート株式会社
   一○一  開発商品価格見積計算
八○ 一○二  貸借対照表、損益計算書作成
   一○三  レストラン・レシピー   ㈱ハピーモア
   一○四  売上動向分析       々
   一○五  予算管理         々
   一○六  ホテル経営比較      ㈱第一ホテル
   一○七  ホテル十五年売上計画   々
八一 一○八  期日管理システム     キャノン販売㈱
   一○九  青色申告グラフ   
   一一○  レストラン売上動向分析  ㈱ハピーモア
   一一一  レストラン経営管理    々
        以上

LZ5 還暦からの再出発 5 還暦までのホテル関係ソフト記録

 ソフト開発記録(ホテル)
1975年7月、キャノン販売㈱の販売店となる。
1981年12月、東京第一ホテル企画部よりパソコンによるホテルフロント会計ソフト開発を受注した。
1983年より、ホテル・レストラン工事設計監理会社㈱エクスブレインより「トータルホテルコンピユータ」の
開発を受注した。
年度   番号  プログラム             摘要 
八二 一一二  ホテルフロント会計        第一ホテル福岡・グアム
    一一三  ホテルフロント会計        第一ホテル富山
八三 一一四  ホテルフロント会計        第一ホテル筑波
     一一五  ホテル建設事業計画       ㈱エクスブレイン・インダ゙ストリー
    一一六  レストラン建設事業計画
    一一七  ホテルフロント会計  
    一一八  ホテル客室予約管理  
     一一九  ホテル宴会予約管理
    一二○  ホテル会計経理  
八四 一二一  ホテル予算管理  
    一二二  在庫管理       
    一二三  食品材料原価管理  
    一二四  償却資産管理   
    一二五  ホテルセールス業績管理   
    一二六  内装工事セールスマン管理 
    一二七  工事積算計算  
    一二八  給与計算  
    一二九  顧客管理歳暮年賀状管理
    一三○  海外渡航自由化二十年分析   トラベルジャーナル
八五 一三一  ホテル・フロント会計(納入)    ホテルサン沖縄
八六 一三二  ホテル・フロント会計(納入)    成田エアポート・レストハウス
    一三三  ホテル・部門売上売掛集計
    一三四  ホテル・売掛管理   
    一三五  ホテル・フロント会計(デモ)    約五ホテルのファイル構築
以上

MZ1 ホテルコンピユータソフト開発&販売 1 沖縄石垣島より受注

 六十二年二月にソアレックス㈱を設立し、当初の開発目的としてはホテルコンユータシステムのCRT画面が英文字使用となっているものを漢字仕様にキャノン機種を対象として変更することであった。坂本システム研究所においてIBMプログラム作成登録店の承認を得て、IBMパソコン55を発注した。三月八日、機械を会社に設置した。
  キャノン機種のOSはMS/DOSでIBMのDOSとはかなりの類似性があるが、フロッピーディスクへのデータの入出力命令が異なるため、プログラムは打ち直しを余儀なくされた。七月末でIBMパソコンに移行できたプログラムはフロント会計、部門売上、売掛集計及び客室予約管理の三種類で、これをまとめてフロントシステムとした。会社設立当初は仕事がないことを予想しこの間、IBMにも利用できるソフト開発を行った。
 昭和六十一年八月、沖縄県㈱国建システム部名嘉次長よりの要請で、ホテル建設事業計画採算業務で沖縄に三泊四日の日程で出張したことがあったが、今回、名嘉次長より新たに改装されたホテルは沖縄県石垣島に設立された八十室の石垣グランド・ホテルでここにホテルシステムを納入して欲しいとの連絡をうけた。
 六十二年八月よりこのホテルへフロント会計、部門売上、売掛集計および客室事前割当システムをキャノン機種により開発することになった。石垣島には八月より十月までの期間において、約五日の滞在で三回出張した。東京から沖縄那覇まで空路約三時間、それから南西航空で石垣島まで約五十分であった。航空券代は約七万円、ホテル宿泊費はホテルの招待であった。ソフト収入は交通費を含めて二百五十万円であった。
  東京都内には販売対象のホテルが存在しなく、きわめて遠隔地に需要が発生していた。新会社の最初の仕事が石垣島のホテルであった。ホテル建設事業計画というソフトによってコンピユータソフト開発を受注した最初のホテルであった。

MZ2 ホテルコンピユータソフト開発&販売 2 富士通電子交換機との接続

   成田エアポート・レストハウスには、六十一年四月にフロント会計システムを開発、納入していたが、同ホテルより六十二年十一月、使用中の電話交換システムを撤去して新たに電子交換機システムを導入したいとの連絡を受けた。
客室から外部へ電話をかける場合、客室ごとのメータ計に電話の度数が表示され、夜間に客室料金や飲食代金を各部屋に付け込むとき、電話課金を手入力していた。
   
電子交換装置を導入して各部屋の電話料金はプリンターで印刷し、更にフロント会計コンピユータと連動させ、毎日、夜間に自動的に電話料金を各室ごとに付けこみ、チェックアウト時に早朝で使用した電話課金があれば、自動的に会計書に追加記入をさせるシステムがホテル側の希望であった。
   
数社の電子交換機で使用中のキャノン機種と連動する交換機として、富士通の電子交換機FETEX2700をホテル側に推薦した。富士通より提供される電子交換機インターフェイスの仕様書が唯一の資料であった。
  
富士通のコンピユータと電子交換機との接続を前提としていたのが富士通側のシステムであるため、キャノンのような他のメーカーの機種との連動の経験が富士通にもないため、接続の研究は大変苦労した。
   
コンピユータと電子交換機とを結ぶインターフェイスRS232Cの接続方法から研究した。電話交換機を取扱っている富士通の千葉特約店は電話機販売業者であり、電子交換機と他社のコンピユータの接続方法はこれが最初であった。また通信手順という用語の解釈も不慣れであったので、打ち合わせにかなりの時間がかかった。フロント会計はBASIC言語でプログラムを作っていたが、電子交換機との接続命令に機械語が必要かもしれないと考え、キャノンに問い合わせたが、機械語が不要と判明したのは、二ヶ月後であった。富士通より接続の研究のためFETEX2500電子交換装置と数台の電話機が会社事務室に提供され、私は会社でホテルに導入したパソコンと接続して接続の研究を行った。 三月十五日にレストハウスは新旧の電話交換機の入替を行いに、これに使用中のキャノンパソコンと接続した。
  
通信機との接続にはホストコンピユータとしてのパソコンよりの電話課金の問い合わせよりの信号に応答しないケースがあり、この際、再度の照会を行うが、解答がなければ打ち切る処置を行わないと業務が進まないケースも発生する。この場合、結果的には電話課金の取漏れとなる。他機種との接続には電話交換機の欠陥、コンピユータの欠陥、接続のケーブルの欠陥、あるいは電圧に問題があるか、それともプログラムに問題があるか、責任を他社に転嫁できないことがある。阪急在職中、電算機を導入したのは富士通の機種で、ユーザーの論文集には二回掲載されていた。メーカーよりの支援が必要であるため富士通電子交換機との接続を希望した。

MZ3 ホテルコンピユータソフト開発&販売 3 ホテル専門学校よりの実習教材作成受注

  六十三年一月末、国際観光専門学校東京校国際ホテル学科講師志賀景昭氏より、学校に東芝パソコンが二十一台設置されるので、フロントシステムを開発して欲しいとの連絡を受けた。志賀講師は二年前まではEX社の顧問であり私が開発したシステムの内容を点検し、販売が可能なように説明文をワープロで書く業務に従事されていたため、私が開発するホテルフロントプログラムの内容は熟知されていた。学校に納入を予定されている東芝のパソコンは観光学科、航空輸送学科および国際ホテル学科が共同で使用し、ソフトウエアは東芝のソフトハウスで開発中であったが、開発中のソフトは観光学科では旅行計画書の作成、航空輸送学科では航空貨物運送状の作成で、実習担当講師がソフトハウスに業務内容の概略を教えて開発させていたが、コンピユータ授業が四月から開始されるため、ホテル学科のプログラムはこれに間に合わないと判断された。新規開発よりも実際にホテルに納入し、使用されているシステムのほうがよいという結論になった模様である。
   
私が開発したホテルフロント会計システムは米国式の会計経理であるため、国際的に汎用性があると判断された。志賀講師より見積書には志賀講師が内容についてすでに点検であること付記するように助言された。
  
国際観光専門学校には留学生が多く、またホテル業界用語に慣れさせるためにプログラムを日本語と英語との二種類とすることを学校へ提案した。このため見積書は四百二十万円となった。ホテルに納入する場合、パソコン一台を対象にしているが、今回は二十一台を対象とした金額であった。
  
コンピユータ処理の対象となるホテルのモデルは客室規模を二百室とし、レストランおよび宴会施設を七ヶ所とした都市型ホテルとした。また電話料金自動登算の仕組をプログラムの中に折リ込み、使用中の客室から外部へ電話をかけたと同じような現象をコンピユータに乱数を発生させて再現させる計画とした。
  
参考資料としてIBM機種で開発したフロント会計システムは日本語と英語の二種類の説明書を添付した。一年前に英文の説明書を作成していたので好都合であった。プログラムを開発する私が國際ホテル学科コンピユータの非常勤講師をも兼ねることを希望された。授業を行う講師がプログラムの内容を把握しておく必要があり、ソフト開発者と講師とが同一人物であることは学校としては大変魅力的であると言われた。学校よりの見積書の承認は確実であると予想し、二月のはじめよりIBMパソコンでプログラムを開発し、それから東芝のパソコンに移行する計画を立てた。学校で使用するプログラムは、成田エアポートレストハウス(客室規模二百十室)で使用されたものをモデルとしており、このホテルは東京航空食品㈱の一部門で日本航空の関係会社であった。
 
国際観光専門学校の教育科目で語学はきわめて重要であり、コンピユータのプログラムでは日本語と英語との二ヶ国語を対応させるというアイデアはコンピユータ業者にはない発想である。私が講師を依頼された場合は、二ヶ国語を対応したほうが講義に有効であると思った。専門学校の授業では私は英語の講師ではないが、自己の語学での体験をコンピユータ授業に組み入れることが重要と考えた。東芝のパソコンで開発する前に日本IBMのパソコンでプログラムの作成を行ったが、運よくIBM機種で開発したBASICプログラムが東芝機種に移行できたことは幸いであった。

MZ4 ホテルコンピユータソフト開発&販売 4 ホテルコンピユータ実習講師

 六十三年四月十三日より国際ホテル学科二学年のコンピユータ実習の非常勤講師を委嘱され、学校とソアレックス㈱との講師派遣契約に基づいて実習を担当することとなった。講師料は九十分授業で一万三千円である。講義は毎週水曜日九十分授業で四クラスを担当、年間二十七週で四単位の教科である。
 
パソコンは二十台設置、一クラスは約二十名の編成であり、このなかには韓国、台湾、中共、香港、マカオ、ミクロネシア及びフィジィからの留学生が二十四名含まれており、また男女の比率では三割八分が女子学生であった。
 フロントシステムを学校に納入、かつ実習を担当するわけであるが、開発したシステムが妥当か否かは、学生が理解できるかどうかである。このため学生の理解を容易にするための教育資料の開発にかなりの時間を投入した。一日に四回にわたり講義をするために同じことを黒板に書くという作業を合理化しておく必要があり、事前に講義内容をワープロで作成、学校の複写機にかけて必要枚数を配布公休その他で欠席した学生にも資料を配布した。学生間でノートを借りる必要性がない授業であった。
  最初から教科書を作成するのは困難であるため、学生はパソコンのスプロケット付パソコン連続用紙を綴じ込むことができるファイルを教科書替わりに購入し、学校で準備された書庫棚に保管させた。実習でのアウトプットを各学生のファイルに順序よく整理させ、講師がファイルの見本として「目次」を配布した。試験においてはこのファイルを持込資料とし、この中から試験問題を出題することにした。

MZ5 ホテルコンピユータソフト開発&販売 5 在庫&リネン管理ソフト開発

六十三年四月末、東京第一ホテル京都より連絡を受け、京都に出張することとなった。京都市中区三条に建設される約百室のホテルの在庫管理プログラム開発であった。開業準備室長の中田秦則氏は東京第一インの社員で京都に派遣されていた。中田氏とは五十四年に㈱第一ホテルの関連会社㈱第一インに就職され、ホテル建設事業計画を担当され、その時からの知合であった。
  東京第一ホテル京都の中田氏とのプログラムの打合わせで年末まで六回出張し、十二月末にキャノンパソコンを京都に発送、ホテルにセットした。翌年の三月にプログラムの開発は終了したが、その後、四回出張したので、合計十回の京都出張であった。
  ㈱オフィスコンピユータの代表取締役である佐々木源基氏の紹介で平成元年四月にオープンするロイヤルパークホテル箱崎の客室部門のリネン管理プログラムを納入することになった。第一ホテル京都と同じく在庫管理システムであったので、リネン管理プログラムの開発の見本として、第一ホテル京都のシステムを紹介した。
  
ホテルにはIBMの汎用コンピユータが導入され、客室管理部門には佐々木社長が端末機としてIBMパソコン5550機種を納入していた。この機械を利用してのホテル従業員の制服や客室のシーツ類の洗濯代やマッチや灰皿など備品を管理するためのシステムで、在庫管理と経費の管理が主体であった。ソフトを納入して殆ど問題が発生しなかったのは、機械の保守の必要性がなく、ホテルにはシステム管理部があり、色々な問題点はここで解決された。

NZ1 ホテル宴会&レストランメニュー 1 宴会管理

   成田プリンスホテルは東京航空食品㈱よりホテル施設を借用していたが、契約期間が終了し、施設は東京航空食品㈱に返還され、宴会施設を約三十億円かけて建設、成田ウインズホテルという名称で平成元年十一月十五日より営業することとなった。成田エアポートレストハウスのフロント会計ソフトを開発、納入していたため、ホテル宴会管理プログラム開発を私に依頼された。
   レストハウスにはキャノンの機械が使用されたが、今回から日本IBMの5550機種を三台設置し、同一データをこれらの三台の機械が共同で使用するロカル・エリア・ネットワーク・システムとなった。機械及びソフトウエアの請求金額は一千一百万三十万円であった。プログラムはきわめて面倒であったが十一月十五日に間に合うように納品した。

NZ2 ホテル宴会&レストランメニュー 2 宴会管理をホテル学科授業に組入

昭和六十三年四月より国際観光専門学校国際ホテル学科のコンピユータ実習授業を行っているが、授業内容は主にホテルのフロント会計業務であった。ホテル学科の卒業生が次第にホテルでのフロント部門よりはレストラン・宴会部門に入社直後、配置が行われている傾向があったため早速、宴会管理システムを専門学校の授業用に再開発し、これを授業に組み入れたいと考えた。
   
宴会場名、使用メニューの名称や価格を改定して汎用性をもたせ、宴会の手配書、見積書および請求書に必要な項目は日本語と英語とを対応していたためこのプログラムから観光、ホテル、航空輸送学科での業界用語編集システムを開発した。
 
  平成元年十月よりこの宴会管理と業界用語編集システムを試験的に実習に追加し、学生の興味があるかどうかをチェックした。予定していた教科を若干統合し、業界用語編集システムと宴会管理とを追加した。期末試験においては宴会管理も出題した。同じ授業時間で多くの業務を体験させるために、授業の速度を早めるための教材の開発を行った。
    
平成二年三月に学校側に業界用語と宴会管理システムの採用を申請、学校との話合で消費税を入れた二百六万円が決済された。プログラムを開発しているものが学校で授業を担当しており、実際にホテルに納入して有効なソフトであるかどうかを把握できるため早速授業に採用して学生の反応をチェックした。
  宴会管理で学校の授業用にシステムを作るには数多くの見本を作っていなければ宴会顧客管理での検索ができない。このため入力を専門とするアルバイトが必要でこれにはコンピユータの操作方法や、試験データを作成できる訓練が必要である。私はホテル学科二年でコンピユータ実習に意欲がある女子学生二名に声をかけた。出勤する時間は学校の授業がないとき自由である。学生には時間給千円のアルバイト料金を支払った。ホテルの宿泊者名、婚礼の相手方などは学生が知る俳優やタレント名のほうが、実習においては学生に共鳴される。このため学生に入力させたほうが効果的であった。
  授業に使用する宴会管理プログラムの代金は学校から会社へ支払われるが、その資金は学生が支払った授業料の一部であり、アルバイト料金として学生に還元する考をした。私が開発したホテルフロント会計、メニュー材料展開、宴会管理、ホテル建設事業計画などでアルバイトに機械を操作させ、教科書作成に必要な事例を作成させた。

2009年7月23日 (木)

NZ3 ホテル宴会&レストランメニュー 3 OA実習内容

  昭和六十二年二月にホテルコンピユータソフト開発および販売を目的としてソアレックス株式会社を設立しており、会社の社員は私一名でプログラムを開発しており、国際観光専門学校東京校の国際ホテル学科のコンピユータ実習ソフト開発を担当した。ソフトウエアの開発者が、授業を担当することは、実習授業が円滑的に行われるため、ソフト開発担当の私が実習講師となった。会社は私が代表者であるため、実習に必要なソフトウエアを自由に投入することが可能であった。
  当初、学校からの開発を要請されたのは「ホテルフロントシステム」であったが、同じ授業時間内での授業内容を検討し、追加ソフトの採用を提案した。この結果①ホテル宴会管理、②レストランメニュー材料展開、③業界用語編集システムなどが授業に採用された。これにより講師契約は、毎年更新され九年間、継続された。
ソフトの概要は次の通りである。

[フロント・システム]

 チェックインからチェックアウトまでの宿泊に伴う会計処理を行う。会計書の発行、売上・現金売掛照合表、伝票入力明細、消費税、特消税算出根拠、宿泊統計、会計書管理表、伝票入力訂正明細、宿掛残高表、客室売上日報、客層・旅行業者別売上日報及び月報など夜間バッチ処理が完備。室料は会社へ請求、食事その他は宿泊者の現金払等の支払方法条件による分割会計書の発行ができる。部門売上現金売掛集計、予約管理が組込まれている。
[ホテル宴会管理]
 見積書、精算書の作成を行う。毎日の手仕舞としては、バッジ処理により、宴会別売上/現金売掛集計、利用形態別、予約経路別、売上科目別日計、及び月間累計を印刷する。宴会データは、ハードディスクに利用年月日順に格納され、有効な販売管理ができる。ウエディングプラン、忘・新年会プラン等の各種のパック料金の登録ができる。
[レストラン・メニュー材料展開]
  ホテルの宴会・レストラントを対象にメニューレシピー作成、食品材料構成とポーシヨン別の材料原価計算を行う。メニュー売上数量(予想、見積)から理論的なレシピー上の消費数量、仕入ベースによる数量と金額を把握する。仕入とレシピー上の単位が異なるため、両者の換算率を設定することによりスピーディな原価計算を行うことができる。
  以上

NZ4 ホテル宴会&レストランメニュー 4 教科書印刷

専門学校の講師には二つのタイプがある。その一つは、市販の教科書で授業するタイプと自分で教科書を作るタイプがある。非常勤講師というのは契約が一年間であるので、翌年も契約が更新されるという前提がないと教科書作成は、採算がとれない。六十三年四月より国際ホテル学科のコンピユータ実習講師を行った。教科書代りに資料をファイルするバインダーを学生に購入させ、実習教材をこのバインダーファイルするようにし、コンピユータ室の棚に保管させていた。これを四年間継続していたが、保管棚が廃止となったため、授業の方法を変えることとなった。
 
五年四月よりホテル学科のコンピユータ実習に必要な教科書を作成することにした。教科書の原稿は私がワープロで作成、印刷および製本は印刷会社へ学校事務局経由で発注した。頁数は二百頁で部数は二百冊で印刷費用は二十九万五千円であった。二年間で配布する教科書数は百三十冊で単価を二千二百五十で発売、二十九万三千円が回収された。学校に三十冊、会社に四十冊が予備在庫となった。この予備在庫の四冊程度をホテル側へ提供したが、開発したソフトの権威づけには、きわめて効果的であった。
教科書の内容は次の通りである。
*観光業界用語実習支援、*フロント会計、
*部門売上現金売掛集計、
*客室予約管理、
*レストランメニュー
材料展開、   *宴会管理、
*ホテルリネン管理、  * ホテル経営計画支援
  一つの学科を丁寧に教え、全員に理解させる方法は理解力がある学生には退屈な授業である。このため最低限の授業を確保しながら、意欲がある学生に対しては、学生の興味に従って個別に指導ができるように教科書においては、その仕事の説明とコンピユータ処理を行ったときのアウトプットを掲載した。
  
六十三年四月よりホテル学科のコンピユータ実習授業を行っていたが、当初はフロント会計、部門売上現金売掛集計および客室予約管理であった。その後、学校に提案して観光業界用語実習支援と宴会管理ソフトを授業に取り込むことにした。年間約三十週、一回、九十分授業において多くの教材を投入し、授業のスピードアップを図ることが必要であるという学校の方針に沿ったカルキュラムの編成を行った。
 
大学、専門学校へ入学する十八才未満の学生数が年々減少しており、学生の質が次第に低下してきた。学生が興味を持つ授業でないと講師は非常に苦痛な授業を余儀なくされるわけで、パソコンによる興味ある教材の開発を心掛けた。 

NZ5 ホテル宴会&レストランメニュー 5 兼務「AIRCARGO]講師

   国際ホテル学科のコンピユ-タ実習を六十三年四月より担当し、平成八年三月で非常勤講師を満八年委嘱された。八年二月中旬、教務部長より航空輸送学科の通関士の国家試験において貿易関係のFOBやCIF価格の計算問題が出題され、試験に失敗した学生が多かったということを知らされた。
  航空貨物業務についての経験ではコンピユータによる航空と海上との貨物輸送コスト計算を行い、また総合商社のFOBやCIF価格計算の経験があるため、これらの価格計算を授業に組み入れたコンピユータ実習は可能と判断した。七年三月に航空輸送学科で航空運送状発行をコンピユータで行う授業を担当されていた講師が退職され、七年度の授業は廃止されていたが、これを復活したいという要望もあった。学校より授業内容の文書による報告を求められ、貨物関係の私の研究で業界紙などで活字となった資料(約二百四十頁)を提出した。このなかには講師としての航空貨物業務の経験もレポートした。
 航空輸送学科のエアカーゴ・コンピユータという授業は新たなチャレンジであった。この授業は航空貨物についてのコンピユータの講義である。パソコン五十台を設置している教室での授業であるため、機械を操作せずに講義だけを行うことは困難であった。
 学校に提出した資料は二十年前の私が作成した航空貨物のコンピユータ処理例でありこの中で学生がFOB、CIF計算が理解できるものを選んでプログラムを作成、これを、コンピユータ実習授業に使用した。
  国際ホテル学科の講師料は年間七十万円であった。航空輸送学科のコンピユータ授業を担当することにより、講師料は年間百四十万円となる。専門学校の講師料は授業時間に対して支払われるが、授業用に開発するプログラムには約七百時間の労働投下が必要であるが、学校としては機械の使用は前提条件ではないので、プログラム開発は無償であった。しかし私は授業およびソフト開発に約千時間を投入した。これは時給七百円に相当、だだ、来年も授業が継続できれば、これも無駄ではないと判断した。
  航空貨物業務は五十年(一九七五年)に終了したが研究資料は大切に保存していた。三十年前の資料を再び持出して授業を行うことは大変、勇気が要ることである。一般の授業で三十年前の資料はきわめて古いと思われるが、その内容はマイクロ・コンピユータで開発したものを、授業においては最新式のパソコンでこれを復元するわけである。
 私は現在の航空貨物業務がどのように変化していることはあまり知らないが、基本的なものは変化していない。航空輸送学科で使用されている教科書と市販の貿易関係のFOB、CIF計算例をみて、海上航空関係の運賃などをチェックし、航空貨物輸送でのパソコンの使用方法を紹介することにした。

PZ1 コンピユータとユーザー 1 日本IBM機種と富士通電子交換機

昭和42年4月に㈱阪急交通社に富士通小型コンピユータFACOM 230-10が導入された。富士通ユーザーの論文集1集には「航空と海上輸送を決定する要因と比重について」、論文集2集には「航空と海上輸送との総流通経費分析」が掲載され、これがSOHO業者として独立する上で、大変役にたった。
   
平成元年4月からキャノンのパーソナルコンピユータでホテルの電話課金の計算で電子交換機の接続の問題が発生し、ホテル側に富士通電子交換機FETEX-2700機種を提案した。ここで富士通交換機の接続方法を学んだ。
 
平成二年四月、日本IBM㈱本社の地域プロジェクト開発部次長(北海道担当)の田中宏武氏より連絡をうけ、札幌市国際部が設立する札幌天神山国際ハウスのフロント会計ステムの開発を行うこととなった。このでも電子交換機との接続問題が発生した。客室規模としては十三室であるが海外から学者、技術者が札幌を訪問したときの長期滞在に向く家族単位の宿泊施設で天神山という丘の上に設置され、日本庭園や教育設備があり、他のホテルと異なるのは

札幌市の条例によりホテルの消費税が免除され、売上はすべて札幌市の公金として計上することになっていた。二年四月二十三日より一泊二日の予定で空路、札幌に出張した。札幌市役所内会議室で国際部企画課職員、国際ハウス職員、IBMの田中次長、IBMの特約店㈱ホシ・伊藤の社員が出席した。この会議で一応、システム開発の方法が決定し、見積書をIBMの特約店に提出するが、会議出席者のホテルシステムに対する理解度により出張回数が決定するがこの会議に出席していないのは肝心の電話機器の納入業者であった。このプロジェクトをIBMと富士通とが入札でIBM機種が納入された場合、コンピユータと電子交換機との接続の話合ではIBMと富士通との話合は無理と考えた。この接続では富士通機種が経験的に最適と感じていた。今後の出張には富士通の電話機納入業者との折衝が重要となった。最初からシステムの完成まで何回、出張が必要か?羽田・札幌間の往復航空運賃は四万三千円、自宅から羽田までの往復交通費、千歳空港から札幌天神山までの往復交通費、旅行傷害保険料、夏場のオンシーズンにおけるホテル代などの不確定要素を考慮してプログラム開発料金の見積を七回程度の出張で百九十六万円とした。この予想が外れると、大変な赤字となるため、難しい出張計画であった。

2009年7月24日 (金)

PZ2 コンピユータとユーザー 2 電子交換機接続経験の展開

 平成三年に日航関連会社㈱インターナシヨナルフーヅの専務取締役本間昭治氏より、アリマックスホテル渋谷の設立準備室長となった関氏を紹介されたことがあった。ホテルのコンピユータシステムは、建設会社に依頼しているケースが多い。
 
二十室程度のホテルでレストランやバーにPOSシステムを導入すると、コンピュータシステムが割高となる。小規模ホテルではこれらのシステムの使用頻度が少ない、そして従業員の移動が激しい職場でのコンピユータ教育はあまり歓迎されない。ホテル側は経済性を考えてのコンピユータの導入を検討され、四年八月よりアリマックスホテル渋谷のコンピユータシステムの開発を私が担当するようになった。ホテルは渋谷のNHKの近所に設立される二十三室のホテルであったが、システムの開発のコンサルチングとソフト開発の契約を行った。開発の対象はフロント会計、顧客管理およびホテル部門別会計経理システムであった。

  五年十月にホテルはオープンした。新規にオープンする二、三十室のホテルではフロント会計での経験者は殆どいない。システムのマニュアルには国際観光専門学校国際ホテル学科のコンピユータ実習で私が開発した教科書を使用した。 

システムは順調に作動したので保守のためホテルから呼び出されることは非常に稀であった。ホテルへは自宅からバスで十五分、歩いて四十分の距離にあり、沖縄、札幌と比較してきわめて近距離にあるホテルであった。
 ホテルのフロント会計ソフトは、BASIC言語で開発しているため、ホテルの宿泊ルームよりの電話料金の計算では、接続する電子交換機との信号のやりとりが、BASIC言語に対応していることが前提となる。最初に成田ではキャノン機種と富士通 FETEX2700機種、この接続が成功したため、札幌では日本IBM機種と富士通FETEX2700機種、また渋谷では日本IBM機種とFETEX2700機種との接続であった。また電子交換機の納入業者は成田と渋谷では同じ特約店を推薦した。
 

PZ3 コンピユータとユーザー 3 日本IBMと東芝パソコン機種互換性

    昭和50年7月よりキャノン販売㈱のパソコン販売店となり、63年4月まで約13年間、キャノンのパーソナルコンピユータの販売と、ソフト開発・販売業務に従事した。
    62年2月にホテル・レストランをマーケットにした会社を設立した。当時は各パソコンメイカー同志での規格統一の機運でなかったため、キャノン機種以外に日本IBM機種にも移植作業を行うことにした。
   63年4月より、国際観光専門学校東京校に東芝デスクトップコンピユータPASOPIA1700機種が、コンピユータ実習用として20台設置されることになり、日本IBM機種で開発していたフロント会計システムが、東芝機種で操作が出来ることが判明した。パソコン機種間の互換性では、「キャノン」と「日本IBM」とでは駄目、「キャノン」と「東芝」とでは駄目であり、日本IBM機種で、キャノンで開発していたホテルフロント会計システムの移行が出来たのは幸いであった。
   国際観光専門学校にホテル関係ソフトウエアを納入し、授業を行うには、私自身が東芝機種を保有していないと、連続的に学校に教材の提案と講師との授業の継続が出来ない。これは東芝機種と互換性がある日本IBMの機種の保有によって、還暦から古希までの約九年間の非常勤講師とソフト開発納入の仕事が保証されたこととなった。
   日本IBMへのソフトの移殖は昭和62年からであるが、各メーカー間で、ハードウエアの規格が統一されていないのは、きわめて不便であった。これから4年後の平成3年に、日本IBMを中心に日本のパソコンメーカーが集まり、日本でのパソコン関連製品の標準化を策定する団体としてOADGという組織が結成された。
OADGはOpen Archircture Development Groupの」略である。NECとアップルとは、この組織には入会しなかった。ソフトウエア業者はこの組織の準会員となった。 プロバイダーとしてはニフテイがこの組織に入会していた。
   学校には63年4月に東芝デスクトップコンピユータPASOPIA 1600が20台、平成5年4月に東芝ノートパソコン DYNA  BOOKが60台、平成8年9月に東芝デスクトップコンピユータでOSはWindows95で30台程度がコンピユータ教室に設置された。私は講師1名で約30名の学生に実習を指導していた。東芝パソコンが私に還暦後のパソコン講師という職業を与えていたようである。

PZ4 コンピユータとユーザー 4 ソニーの倉庫とマイコン部門 

 阪急交通社を依願退職する43年度において、国際航空貨物需要予測委員会が設置された。この委員会は航空輸送経済専門家で構成され、運輸省航空局監督課の推薦で私は委員会委員となった。この委員会委員の中にソニー㈱伊藤課長が居られ、私が阪急退職後、ソニー倉庫㈱航空チームの嘱託に迎えられた。
  ソニーで新しくマイクロ・コンピユータ SOBAXICC-2700機種を発売することとなり、私はソニービジネスマシン㈱の特約店となった。国際航空貨物需要予測委員会のメンバーであった日本通運㈱、日本航空㈱、三井物産㈱等に機械の販売とソフトウエアの開発、販売を行った。
 ソニーのマイクロ・コンピユータの製造打ち切り後は、ソニーSOBAXプログラム作成指定店およびソニーサービス㈱の嘱託となり、アフターサービスの仕事を兼職することとなった。航空貨物の研究というのが、マイクロ・コンピユータの販売に結びついた。

PZ5 コンピユータとユーザー 5 キャノンパソコン販売店主契約

  昭和44年4月に㈱阪急交通社を依願退職する時に、全く考えなかった仕事はパソコンの販売店主という仕事であった。海上で輸送される貨物を航空に切り替えさせるための販売方法としてのシステム開発を当初のビジネスにしたが、電算機研究所の顧問、航空会社の専門職社員、ソニー倉庫㈱の嘱託という複数業務に従事、給料という定期収入を得ていたが、退職して満4年経過した48年3月末で、すべての定期収入は消滅した。またソニーマイクロ・コンピユータの特約店という業務も、48年4月1日、新聞紙上で、マイクロ・コンピユータの製造打ち切りが発表された。
 第一次石油ショックが訪れる一年前で、このころシンクタンクと呼ばれる頭脳産業の倒産が多くなった。私はソニーのマイクロ・コンピユータのプログラムのアフターサービスを考え、これを次期マイクロ・コンピユータの販売に結付けようと考えた。ソニーのマイクロ・コンピユータプログラム作成指定店となったため、キャノン販売㈱のパソコン販売店となることが出来た。自分で顧客を見つけで機械を販売しなければならないが、ソニーマイクロ・コンピユータのアフターサービスを行っているため、このルートからも顧客開拓が可能と考えた。プログラムを開発しながらパソコンを販売している業者は少ないため、キャノン販売㈱や販売店からも注文はあると判断した。
  脱サラの業務としてパソコンの販売とソフト開発で、昭和50年7月より平成2年まで約15年間、キャノンパソコン販売店主として、キャノンより機械の仕入れを行うことができた。これはリストラがない職業に就いたことになる。 

  

QZ1 古希よりのリセット 1 専門学校非常勤講師終了

   平成九年二月、授業の時間割の改定が発表された。従来、月曜日から土曜日までの授業は新学期より土曜日を休日とし、また一日四学校時間授業を三時間に短縮すると発表された。ホテル学科の講師は仕事の都合で土曜日の授業が多かったが、土曜日の授業が廃止されたので、ホテル学科の講師は二名退職した。
  
第二外語を廃止、英語の検定試験も廃止、英語の日本人講師の削減が発表され、観光学科のAXESS担当の講師も退職することとなった。学校側よりこれらの状況を説明され、私にも新年度より講師の契約を行わないことが通知された。学校としては業務用のプログラムを必要としないコンピユータ授業を採用することになり、WINDOWS95の使用方法を重点とした授業となった。この傾向は以前より察知していたが、ソフト開発を重点とした私には講師としての方向転換は困難であった。
      
ホテル学科及び航空輸送学科の卒業生の就職率は良好で、これは他の講師や学校側の活動によるものであったが、高校を卒業して専門学校へ入学する学生数が急激に減少したため学校の経営を圧迫する原因となった。
      
 国際観光専門学校の卒業式は毎年有楽町のマリオンで挙行されており、今回は九年三月十三日に挙行された。卒業式に出席した卒業生の数は数年前の約半分となり、新しく入学する学生数が大幅に減少すると言われていた。
   私はこの卒業式の四日後の三月十七日に古希(七十歳)を迎えることになるが、この学校には観光学科、ホテル学科、航空輸送学科があり、今までの経験が活かされた専門学校であった。還暦から古希まで、専門学校OA授業を担当することとなり、非常に有意義な職場であった。

QZ2 古希よりのリセット 2 会社の事務所移転の記録

  平成九年三月、古希を迎えた。学校側のパソコンにおける授業方針の変更があり、講師として九年間継続した時点で講師契約の終了となった。
  
ホテルコンピユータソフト開発・販売をビジネスとして、ソアレックス会社を設立しており、一週間に一日だけは講師派遣契約により学校へ出勤しているが、その他の日は会社に出勤していた。
  ホテルに機械を販売し、ソフトを開発、納入すると約五年間はアフターサービスを必要とし、高齢化して健康を害して保守サービスができないと顧客に迷惑がかかるため、六十五歳以降はホテルヘのセールスを行わなかった。
   専門学校のOA授業と共同出資会社から依頼されホテル建設事業計画のソフト開発と計算業務を行い、専門学校の講師の仕事が終了すると、建設事業計画計算業務が主な仕事となった。
  六十二年二月にソアレックス株式会社を設立した時、事務所は港区赤坂三丁目十三番地の東相ビル七階で、共同出資社㈱エクスブレーイン(以後、EX社と仮称)の事務所の一角を借りていた。
  平成五年十月にEX社は新宿区下落合三丁目四番十一号、三木宅の構内に移転し、ソアレックス㈱も三木宅に移転した。十一年十二月に会社の事務所を杉並区高井戸西一丁目の自宅に移転し、十五年に廃業した。
  昭和四十五年以降、商号「坂本システム研究所」として青色申告事業主になっており、会社よりの給料は、「坂本システム研究所」の収入として計上しており、「青色申告事業主」として三十八年間、SOHO業者として申告を行っている。

QZ3 古希よりのリセット 3 同期生会出席記録

   小学校、中学、高校、専門学校、大学と進学している人においては、それぞれの学校のクラスメートが発生し、同窓会の案内を受けることが多い。私は同窓会の出席では小学校が二回、高等小学校がゼロ、中学および高校に相当する航空機乗員養成所が三十五回、専門学校と大学が五回程度であり、航空機乗員養成所の同期生会に出席した回数がきわめて多いのが特徴であった。
  航空機乗員養成所は仙台、新潟、印旛、米子および熊本の五ヵ所に設置されており、各々六十名が入所し、本科三期生は参百名であった。入所して三年間は普通学科で、四年生より操縦科は米子、整備科は新潟に転属することになり、終戦の時点では入所時の九割に相当する約二百八十名が同期生であった。
  戦後、開催された同期生会は最初に入所した養成所ごとに開催されたが、戦後、四十六年経過した平成三年に五ヵ所の養成所の同期生の合同の全国三期同期会が発足した。米子本科三期生会は毎年一回開催され、これに出席していたが、還暦より新たに全国組織での同期生会が毎年一回開催されるようになった。米子出身の同期生で東京二十三区に
居住しているものは私だけであり、全国組織における連絡会議には出席せざるを得なかった。従来、継続していた同期生会に還暦より新たに全国組織の同期生会が発足した。還暦前の同期生会は発足して三十二年間で十回、これに対して還暦から十六年間で米子三期会が十四回、全国大会が十一回で、合計二十五回であった。これは還暦前と還暦後とは、同期生会の開催が五倍に増加したことになった。
  東京在住の人が、東京の学校を卒業して、同期生会に出席するのと異なり、三期生の卒業生は約二百八十名で同期生の居住地が北海道から鹿児島まで分散しており、戦後六十年経過した現在、消息が判明している同期生は約百五十名である。
 
同期生会の開催は各地の同期生が世話人となって、持ち回りで行っていたため、私が出席した同期生会の開催地は米子皆生、玉造、三朝、岡山、倉敷、坂出、湯田、別府、福岡、京都、東京、新潟、仙台札幌であり、旅行友の会的な色彩の強い同期生会であった。記念写真には開催年月日と同期生会開催番号が表示されているので、自分史の作成においては有効な資料となった。
  米子の同期生会が発足したのは、戦後十年経過した昭和三十年九月であった。同期生会には多数の教官、職員も出席されており、戦時中知らなかった情報も教官あるいは同期会幹事より提供された資料で判明した。
養成所入所当時の募集広告、入所試験での国語、数学、理科の諸問題、応募人数と合格者数、入所願書に添付した十三歳の自分の写真も保存しており、自分史の出発点となる少年時代というのが文章に綴りやすいというのが私の自分史の特徴である。
   
米子三期会には総務幹事として松本好信君、全国大会には事務局担当として高野弘行君がおり、これらの同期生から送られる資料をスキャナーでパソコンに取り込めば、自分史での少年時代とその後の同期生という物語が書ける。
   全国三期生会は平成十三年六月
、第十一回を北海道定山渓温泉賞月グランドホテルで開催、これで解散となった。また米子三期会も平成十七年九月、北九州脇田温泉ホテル菊水閣での第二十四回同期会で解散となった。このとき有終の美を飾るため、「米航養本科三期生情報」なるものを編集、会員三十名に発送された。私はこの編集作業に協力した。

QZ4 古希よりのリセット 4 還暦からの自分史編集企画

  六十二年二月にソアレックス株式会社を設立し、事務所にはキャノンAS300二型とIBMパソコン5540機種が設置されていたが、会社設立前から自宅(坂本システ研究)にはキャノンAS300とハードディスクを設置しており、六十年五月より㈱とみんリース会社よりリース物件として借受け月額五万円程度支払っていたが、プログラム作成業務は会社の機械を使用する頻度が多く、自宅での機械の使用頻度は減少した。
  六十三年四月より國際観光専門学校の講師となり、授業の資料を作成するにはワープロを使用するため、パソコンを使用してワープロの練習を行う必要性を感じた。専門学校講師では還暦を過ぎた人が多いが、ワープロで教材を自分で作成して配布する人は、割合少ないのが現状であった。リース会社より借受けた機械は陳腐化しているが、リース期間中にこの機械を返却することはかなりの額の解約料を支払う必要があり、このため継続してこの機械を使用することにした。機械の有効的使用としてパソコンをワープロとして利用することにした。四月末の連休より自分史を書くことにした。休日あるいは会社から帰ってきて、文章の作成にとりかかった。余暇の利用方法としての自分史の編集は作文、手を動かす訓練、過去の記憶を蘇えさせるという効果はあると考えられる。
  
自分史の作成を計画したとき、これには根気力が必要で、これは今後の仕事にも重要なことであるので、この点からも自分史をワープロで作成することは意義があった。
  
自分史を書くためにワープロの機械を導入するのでなくて、月額五万円のリース料の支払を有効にするための対策であった。最初に四百字詰めの原稿用紙に鉛筆で二百枚程度書き、三十八字X三十八行を一頁として一話ずつにわけ約五十頁の文章を作成した。ワープロ文章の作成時間を入れると約千時間かけたことになる。六十四年一月六日、昭和天皇が崩御された。この日から毎日の如く、テレビでは昭和時代というものを特別企画として放映されていた。私は昭和になって四ヶ月目に誕生したため、昭和というのは大変意味をもっており、自分史のワープロ作業とオーバーラップさせながら、テレビや新聞記事をみていた。一月八日、年号は平成となった。二月末には一応、自分史の編集は終了した。これを私の昭和時代とした。 キャノン機種で作成した文章はハードディスクに格納されていたが、平成四年四月にリース契約が終了し、七年間のリースの総支払額は二百六十五万二千円となった。この機械のハードディスクの容量は四十メガバイトであり、現在のパソコンの千分の一程度であった。価格は十分の一に下落しているが、活力ある還暦の時点での自分史作成は私にはプラスであった。
  この自分史の編集を企画して二十年が経過した。次の章で私の自分史を総括することにしたい。

   

2009年7月25日 (土)

QZ5 古希よりのリセット 5 ホームページとブログ

 平成十二年二月ごろ杉並区でIT&パソコン講習のボランチィアが募集され、これに応募した。四十六年七月より現在のパソコンの元祖であるマイクロコンピユータのソフト開発と機械の販売に従事し、六十三年四月より国際観光専門学校国際ホテル学科のコンピユータ実習講師となった。
 
Window95が発表されていない時代ではソフトや機械を販売する取引先に対して、漢字などの入力方法を教える必要はないが、開発したソフトの説明書には、メモ程度の知識でのワープロ文章であれば充分であった。
   専門学校のOA授業の講師を九年間従事したが、学生に日本語の漢字変換などを教えたことはなかった。これはワープロの講師が別に任命されており、私が開発したプログラムを学生が機械操作することにより、業務の流れを理解させることが実務教育であった。
  専門学校講師を退職後、Windows95によるパソコンの学習の必要性を感じ、パソコン講習ボランチア助手となれば、パソコンの勉強は可能と考えた。 
  平成十二年四月よりスタートした杉並区IT&パソコン講習会では、一クラスに二十名の受講者に対して講師一名、ボランチィア助手四名の構成であった。操作が不慣れの受講者をサポートする仕事であった。コースとしては一日三時間のコースで四回であった。初年度は五十時間程度、講習会助手として従事した。
  十二年四月よりスタートした杉並区IT&パソコン講習ボランチィアは初級コースであり、十三年四月より杉並区内の図書館でパソコン講習補講講座に切り替わった。
  これは初級コースで理解できなかった人に対する補講で、私は属していた高井戸図書館では十台のパソコンで、ボランチィアが三名で毎週木曜日の午前九時から十二時、午後一時より四時を担当、特別な授業はなく機械操作や質問事項があれば、これに対応する。初級コースが前提であるため、表計算やデジカメなどの質問はあまり発生しなかった。
  十六年四月より杉並区高井戸地域センターで毎月、第二木曜日と第四日曜日に午前十時より午後五時までの間、パソコン相談室が開設され、相談室のボランチアの仕事を十七年末まで従事し、それ以降はホームページに次の名称で自分史の編集を行うことにした

[太平洋戦争と戦後の情報処理実務体験記

現在の時点でアクセス数は10,620件で、ホームページでの使用容量は238メガバイトであった。また十九年八月より次の名称でブログを始めた。「新規業務へのチャレンジ」 現在の時点で投稿件数はちょうど1,000件になった。二十年八月より、次の名称でブログに登録した。「新規業務の研究」現在の時点での投稿件数は120件である。これは月平均46.7件の投稿の割合であり、次に何を書くか?という問題意識を持っていることは、高齢者の健康にはプラスと思われる。

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