PZ3 コンピユータとユーザー 3 日本IBMと東芝パソコン機種互換性
昭和50年7月よりキャノン販売㈱のパソコン販売店となり、63年4月まで約13年間、キャノンのパーソナルコンピユータの販売と、ソフト開発・販売業務に従事した。
62年2月にホテル・レストランをマーケットにした会社を設立した。当時は各パソコンメイカー同志での規格統一の機運でなかったため、キャノン機種以外に日本IBM機種にも移植作業を行うことにした。
63年4月より、国際観光専門学校東京校に東芝デスクトップコンピユータPASOPIA1700機種が、コンピユータ実習用として20台設置されることになり、日本IBM機種で開発していたフロント会計システムが、東芝機種で操作が出来ることが判明した。パソコン機種間の互換性では、「キャノン」と「日本IBM」とでは駄目、「キャノン」と「東芝」とでは駄目であり、日本IBM機種で、キャノンで開発していたホテルフロント会計システムの移行が出来たのは幸いであった。
国際観光専門学校にホテル関係ソフトウエアを納入し、授業を行うには、私自身が東芝機種を保有していないと、連続的に学校に教材の提案と講師との授業の継続が出来ない。これは東芝機種と互換性がある日本IBMの機種の保有によって、還暦から古希までの約九年間の非常勤講師とソフト開発納入の仕事が保証されたこととなった。
日本IBMへのソフトの移殖は昭和62年からであるが、各メーカー間で、ハードウエアの規格が統一されていないのは、きわめて不便であった。これから4年後の平成3年に、日本IBMを中心に日本のパソコンメーカーが集まり、日本でのパソコン関連製品の標準化を策定する団体としてOADGという組織が結成された。
OADGはOpen Archircture Development Groupの」略である。NECとアップルとは、この組織には入会しなかった。ソフトウエア業者はこの組織の準会員となった。 プロバイダーとしてはニフテイがこの組織に入会していた。
学校には63年4月に東芝デスクトップコンピユータPASOPIA 1600が20台、平成5年4月に東芝ノートパソコン DYNA BOOKが60台、平成8年9月に東芝デスクトップコンピユータでOSはWindows95で30台程度がコンピユータ教室に設置された。私は講師1名で約30名の学生に実習を指導していた。東芝パソコンが私に還暦後のパソコン講師という職業を与えていたようである。
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