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2009年7月24日 (金)

QZ3 古希よりのリセット 3 同期生会出席記録

   小学校、中学、高校、専門学校、大学と進学している人においては、それぞれの学校のクラスメートが発生し、同窓会の案内を受けることが多い。私は同窓会の出席では小学校が二回、高等小学校がゼロ、中学および高校に相当する航空機乗員養成所が三十五回、専門学校と大学が五回程度であり、航空機乗員養成所の同期生会に出席した回数がきわめて多いのが特徴であった。
  航空機乗員養成所は仙台、新潟、印旛、米子および熊本の五ヵ所に設置されており、各々六十名が入所し、本科三期生は参百名であった。入所して三年間は普通学科で、四年生より操縦科は米子、整備科は新潟に転属することになり、終戦の時点では入所時の九割に相当する約二百八十名が同期生であった。
  戦後、開催された同期生会は最初に入所した養成所ごとに開催されたが、戦後、四十六年経過した平成三年に五ヵ所の養成所の同期生の合同の全国三期同期会が発足した。米子本科三期生会は毎年一回開催され、これに出席していたが、還暦より新たに全国組織での同期生会が毎年一回開催されるようになった。米子出身の同期生で東京二十三区に
居住しているものは私だけであり、全国組織における連絡会議には出席せざるを得なかった。従来、継続していた同期生会に還暦より新たに全国組織の同期生会が発足した。還暦前の同期生会は発足して三十二年間で十回、これに対して還暦から十六年間で米子三期会が十四回、全国大会が十一回で、合計二十五回であった。これは還暦前と還暦後とは、同期生会の開催が五倍に増加したことになった。
  東京在住の人が、東京の学校を卒業して、同期生会に出席するのと異なり、三期生の卒業生は約二百八十名で同期生の居住地が北海道から鹿児島まで分散しており、戦後六十年経過した現在、消息が判明している同期生は約百五十名である。
 
同期生会の開催は各地の同期生が世話人となって、持ち回りで行っていたため、私が出席した同期生会の開催地は米子皆生、玉造、三朝、岡山、倉敷、坂出、湯田、別府、福岡、京都、東京、新潟、仙台札幌であり、旅行友の会的な色彩の強い同期生会であった。記念写真には開催年月日と同期生会開催番号が表示されているので、自分史の作成においては有効な資料となった。
  米子の同期生会が発足したのは、戦後十年経過した昭和三十年九月であった。同期生会には多数の教官、職員も出席されており、戦時中知らなかった情報も教官あるいは同期会幹事より提供された資料で判明した。
養成所入所当時の募集広告、入所試験での国語、数学、理科の諸問題、応募人数と合格者数、入所願書に添付した十三歳の自分の写真も保存しており、自分史の出発点となる少年時代というのが文章に綴りやすいというのが私の自分史の特徴である。
   
米子三期会には総務幹事として松本好信君、全国大会には事務局担当として高野弘行君がおり、これらの同期生から送られる資料をスキャナーでパソコンに取り込めば、自分史での少年時代とその後の同期生という物語が書ける。
   全国三期生会は平成十三年六月
、第十一回を北海道定山渓温泉賞月グランドホテルで開催、これで解散となった。また米子三期会も平成十七年九月、北九州脇田温泉ホテル菊水閣での第二十四回同期会で解散となった。このとき有終の美を飾るため、「米航養本科三期生情報」なるものを編集、会員三十名に発送された。私はこの編集作業に協力した。

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